桜の思い出~スタッフMの場合~

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IMG_6386.JPG※生家にあった桜の晩年

こんにちは!スタッフMです。長いものに巻かれる性格をしておりますので桜のお話をさせて頂こうと思います。

と申しますのも、新入学の思い出と言う物がこれと言って特別な物がなく、あまり印象に残っていないと言うのが本音のところであります。

その代わり桜についての思い出はそこそこあります。

 

私の生まれた家は築80年の銭湯でした。

銭湯と言えば富士山の壁画がイメージされるかと思いますが、我が湯の場合はあまりの古さに富士山の絵は霞んでしまっていてただの壁のシミに見えるほどでした。

私が生まれて3年ほど経った頃、阪神淡路大震災が発生。

震源からやや離れた明石市に住んでおりましたのでさほどダメージはありませんでしたが、男湯と女湯を隔てる大きな壁のど真ん中にヒビが入り、お相撲さんの張り手一発で男湯と女湯が開通してしまうほどの危うさを醸し出しておりました。震災後しばらくすると周りの一般家庭に家庭用風呂が急激に普及しお客様の数は激減。来てくれるお客様は超がつくほどのローヤルカスタマーばかりでしたので年々数は減っていきました。

そんな傷跡を残したまま(ある程度は修復済み)営業をしておりましたので本当におんぼろ屋敷そのもので、なにも誇れる物のない銭湯。

しかし年に1度、我が家の事を誰もが羨ましがる期間がありました。それが春、桜の咲く季節でした。

男湯側の脱衣所にある「せんだい(播州弁で前栽の意)」に1本の桜が植わっていて、毎年見事に咲き誇っておりました。(もっとも桜が終わったら地獄の毛虫まつりが)

家の年齢より年上の桜なのでもしかすると樹齢は3桁を回っていたかもしれません。

そう言う情報を知った上でその桜のことを見るとどこか仙人めいた雰囲気があるな~!と幼心に思い、根元に置かれた石の祠にはきっとカミサマがいるんだ~!と信じていました。

その桜を居住スペースである銭湯の2階部分から眺めることができ、毎年春が近づいてきたら毎日開花具合をわくわくしながら観察して過ごしていました。

 

そして私が15歳になり桜の花の数が年々減ってきたな~と思い始めた頃、我が家に猫が6匹やってきました。

まだへその緒が残っているような赤ちゃん猫がビニールに入れられ、近所の公園の草むらに捨てられているのを発見。

連れ帰っても親に猛反対されることは経験上解っていたので心を鬼にし見捨てようとしたのですが、頭上からおびただしい数のカラスの鳴き声が聞こえ、拾って帰ることにしたのです。

1年もすると立派な成猫となり家の中を好き勝手に動き回るようになりました。

そのうちの1匹はなぜかその桜のことが大のお気に入りのようで、木登りをして寄ってきた鳥を脅かしたりして遊んで、疲れると根元の祠で休憩をとったりと兎に角桜にべったりでした。

それから何年かした春の終わりに、その猫は息を引き取りました。

猫特有の白血病にかかったようです。

日に日に衰弱し、とうとう桜に上ることが出来ないまま春を終え逝きました。

なぜだか無性に桜がさみしそうに見えたので、その根本付近に埋葬しました。

それからは毎年、その桜が咲く頃になるとその猫が帰ってきたような気がして、ただただ眺めながら猫との思い出を振り返り、春の訪れを喜びつつ少し切ない気持ちになっていました。

 

数年後、お客様の減少が著しく経営し続けることが困難となり閉湯することとなり、それに伴い我々一家もこの銭湯から出ることとなりました。

引っ越しの準備が完了し、手荷物を残しほとんどの荷物を運び終えた夜、がらんとした家の中から花の散ったばかりの桜を母と二人で眺めていました。見納めと思うとずいぶん切ない気持ちになり、すこしばかり泣いてしまった事を覚えています。

家族の誰もがあえて話題に出さなかった、あの猫の事を思いました。

この桜と一緒に、ここで更地となってしまうのか、と思いました。

なぜだか無性に母がさみしそうに見えたので、その根本付近を掘り返しました。

そしてあの猫と一緒に家を出て、現在に至ります。

 

毎年桜を見ると、我が家に咲いていた桜よりずいぶん立派だな~と思いながら今は無きあの桜の事を思い出します。

私や母が産まれるずっと前からあの土地を見守り続け、毎年春の訪れを知らせてくれていた。

最後の方は枝も花もずいぶんと貧相になってしまっていたけれど、そこに何とも言えない美しさを感じていました。

今は立派な家が建ち、桜の木の気配は消え失せてしまっているけれど、思い出の中の桜は今年も満開でした。

ちょっぴり切ないですが、そんなこともあって私は桜が大好きです。

来年が待ち遠しいですね。

 

 

 

桜の思い出~S等氏の場合~

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おはようございます。(今は朝の午後5時です。起きた時間が朝です。)

今月のお題変更につき嘆願しようとし、竹の先に刺した血判書を高く揚げY様のお乗りのお籠に近づこうとする度、側に控える刀持ちのM氏に斬られていたので、投稿は大変遅れました。

今月のテーマは新入獄、いや新入学の話でしたが、そこから話を広げて良いという旨を賜ったのでそうします。

20歳くらいまでは、ほとんど意識のなかった(ボーとしていた)私なので、何やら、花びらのゲートをくぐったとか、春の日差しが暖かいとかそんなことしか記憶にありません。

しかし、入学時、又は新学期に共通しているのは、同じクラスにいるかも知れない美人探しです。

過去の戦績は一人だけ、中学二年の時に若くて美人の先生に当たり、そのまま三年生も先生のご指名で、先生のクラスになりました。(気に入られたのはきっと、先生が家庭訪問しに来た時に乗っていたバイクの空気を抜いたからだと思います。)

しかし、その前後は全て外れで、小学四年生の時の女性の先生はケンカして泣かせた思い出さえあります。

基本的に先生にも同級生にも恵まれないSトー(あくまでも悪いのは相手設定)ですが、全員敵だと思っているので同窓会には行けないと思います。

が!美人探しだけは怠ったことはありません。

それは社会に出ても役に立ち、どこへ行くにも必ずチェックが入ります。

キャバクラ・フィリピンパブなどに接待・招待の際は必ず美人探しから始まるのです。

一体学校で何を学んでいるのかと思われるかもしれませんが、これは非常に大事な事です。

しかし、そのうち気付きました。あ、Sトー美人と話が合わない。

よくよく考えたら普通の女子でさえ、小学校の時に学校の女子全て敵に回したこともありました。

美人で高学歴の人とは仕事で一緒になったこともありますが、大抵怒鳴り合いでした。

Sとう.png

う~ん、やっぱり美人に縁ないです。

 

おしまい。

 

桜の思い出~スタッフKの場合~

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桜.jpg

                    *昭和50年頃の明石公園の桜

こんにちは!スタッフKです。今月のテーマは新入学の思い出・・でしたが、一部メンバーの嘆願により桜も可、となりました。

嘆願メンバーの一人である私のテーマは「桜」な訳ですが、桜と言えば「お花見」のイメージです。

子供のころ、毎年桜が咲くと、近所の明石公園で親戚が集まる恒例のお花見がありました。

親戚が集まるので総勢20名ほどになるのですが、子供が半数を占めるので意外とまじめに「お花見」していたと思います。

明石公園には桜の時期になるとそれは大勢の人が集まって、その時ばかりは辺り一面お花見の人で賑わいます。

カラオケを持ち込んで歌う人、お酒を飲んで盛り上がる人、大声で笑う人たち。

生まれ育ったのが明石なので、明石公園は夏休みに蝉取りや写生にザリガニ釣りをし、当時公園内にあった図書館にも通いました。

学校の行事では陸上競技場を利用していましたので、よく訪れる「勝手知ったる」場所だったのです。

でもお花見の時になると、不思議な感覚になりました。

桜が咲いているからでしょうか?いつもは気づかない道が奥へ続いているのを見つけたりします。

明石公園は実は奥にも広く、子供が気づかない道があってもおかしくないのですが、なぜかいつも見つけるのはお花見の時でした。

お弁当を食べて、バドミントンをして、ちょっと桜の下で横になったりして。いとこたちと遊びながら、急に一人になりたくなってみんなと離れて散歩している時に、たいていそんな道を見つけます。一度、その知らない道へ入ってみたことがありました。

ずいぶん奥だけど、つきあたりに大きな桜が見えました。そこまで行ってみよう。そう思ってしばらく歩いていると、その道には桜は咲いているのに誰もいないことに気付きました。さっきの道まではたくさんの人で賑やかだったのに。

そういえばつきあたりの桜の下にも、お花見の人たちの姿はありません。

なんとなく、このままあの桜の下まで行くと、二度とみんなのところに戻れなくなる気がしました。

急に怖くなって、半分ほど来たところで引き返しました。振り返ることなく、一目散に走ってみんなのいるところを目指しました。

その道を抜けて角を曲がると、お花見の人の賑やかな気配がぶわっとしました。それで急に安心して走るのをやめて、いとこを探しました。そんなことはないはずだけど、振り返ったらさっきの道がなかったらどうしよう、とか思いながら。

 

そういう道は(あちこちにある。)お花見の時期にだけ何度か見かけたけど、どれにも絶対入らなかった。

おそらく桜が咲いているから普段見えていない道に目が行くだけで、普段もそこにある道なのですが。

 

最近、同じく明石公園が庭だったという同い年の方と話しましたが、当時は公園にまつわるちょっと怖い話も結構あったそうです。確かにお城だし、お堀の周りには柳だし、奥の方に池もあるし・・。教えてもらうまで全然知りませんでした。

 

すっかり大人になった今でも、「あれ?こんなところに道あったかな?」ということが公園でなくてもありますが、そこを通ってみても帰れなくなることはなく、ただの抜け道なのでした。

「子供のころ」と「桜」が絡むとちょっと妖しげに聞こえますね。

 

 

新入学の思い出~贈られた万年筆~

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今月のテーマは新入学の思い出です。各人遥か遠き日の桜の下での出来事を振り返ります。

 

自慢できる高校3年間を過ごしたわけではなく、当時の私は本当に何の役にも立たないクズで思い出したくない日々ですが、卒業して30年近く経ってから卒業した高校が縁で良い出会いに恵まれたので、高校生活も無駄ではなかったと思っています。

そんな高校生活が始まった時に、長野の叔母から万年筆をもらいました。

今では新入学に万年筆を贈るということは昔話のように言う人がいるほど、一般的ではなくなってしまったけれど、当時も叔母は何とも古風なことをする、叔母さんらしいと思いました。

万年筆というものに憧れはあったし、文章を書くことは当時から好きだったけれど、使い方が分からなかったこともあり、すぐに桐の箱に入れて机の引き出しの奥に入ったままになりました。

大学を出て1年間のフリーター生活の後に就職した文具店で万年筆クリニックというものがありました。

万年筆メーカーからペン先調整をする職人さんが来て、お客様が書きにくいと思っている万年筆を書きやすくするというものですが、震災直後の万年筆クリニックの時に叔母の万年筆のことを思い出して、持って行って職人さんに使い方を教えてもらいました。

それは尻軸は回るけれど、母が持っていたような吸入式ではなく、ボディにスポイトで直接インクを入れるインキ止め式というタイプの万年筆でした。

当時の私は字を書くのは手帳だけでしたので中字くらいのペン先を「もったいないのお」と言われながら細字に削ってもらいました。

長くなるのでその後のことは省くけれど、それから日常的に万年筆を使うようになって、今の自分が居る。

そこで万年筆を使うようにならなければ自分は今ここにいないし、高校入学の時に叔母が万年筆をくれなかったら自分は万年筆を手にすることはなかっただろう。

1本の万年筆が人の生き方を変えたということを、私は身をもって経験しました。

万年筆を若い人に贈られるお客様に「贈ってすぐに使わなくても、その人が使いたいと思った時にすぐに手元にあることが大事です。手元になければ万年筆を使ってみたいという気持ちになってもすぐに忘れてしまうかもしれません」といつも言います。

あの時引き出しの一番奥にあった万年筆を贈ってくれた叔母にはものすごく感謝している。

この店を始めてから、その万年筆が高田の馬場にある古屋万年筆店のものであることが分かり、わざわざ東京まで行って買ってくれたことが分かり、この万年筆が引き出しの奥に仕舞われたままにならなくてよかった、叔母の想いを無駄にすることにならなくてよかったと思っています。( Y)

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システム手帳の使いこなし~スタッフMの場合~

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システム手帳を使い始めてからしばらく経ちますが、その便利さに助けられることは多くあります。

僕は何かものを書くと言う時にうまくまとめることが出来無い人間で、学生時代のノートなどは唯々情報を詰め込んでいるだけのものでした。

おつむのよろしい友人にノートを見せた際に「KASU NOTE」と呼ばれたのは良い思い出で、今でもあのときの自分と友人の爆笑が蘇ってきます。

そのためか成績は良くなく、親の頭痛の種となっておりました。

しかし書くと言うことは何も学問のみに許される行為ではなく、予定を書く手帳として使ったり、趣味の事について記録したりと自由なものです。

僕の場合は大抵が後者であります。

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ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、僕は香りの芸道である香道をやっております。

その香道では「沈香(ぢんこう、単に香と表記することも有る)」という香木の香りを鑑賞し、この香はこんな香りだなぁ等と思索します。

しかし香りという物は大変記憶しにくいもので、鑑賞し終えたあとに思い出そうとしても中々浮かんできません。

そこで写真の様に、なるべく香りの記憶が確かなうちに「書いて」記録していきます。

僕は最近、筆文葉リフィルの水玉罫を使用します。

一番上の水玉の中にお香の名前を書き、その下に感じた事をどんどんと書き込んでゆきます。

一玉ごとの間隔は20秒ほどあけて鑑賞していますので後から見返した時、時間の経過によって変わる香の香りがよく解ります。

大変便利!

システム手帳と出会う以前は試筆紙やノートに記録していました。

しかし生来のズボラさが災いとなり試筆紙の記録はいつの間にか散逸し手元に残らず、ノートの記録は書き損じた瞬間にやる気が売り切れてしまい続かなくなります。そのためノートが増える増える・・・

それがシステム手帳を使えば、まとめることも気に入らない頁を抜き取ることも思いのまま!と言うことで大変重宝するわけです。

そしてこうした記録はお店の会においても役に立ちます。

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香道の世界には香りでお香を当てる「組香(くみこう)」という遊びがあります。

季節の草花木果や風景風物詩、文学や寺社仏閣に至るまで実に様々な分野に取材し数多くの組香が生み出されてきました。

写真の「鶯香」とは組香の一種で春の風物詩である鶯を題材に考案された組香であり、今月の会で実際に行ったものであります。

3種類のお香を用意し、それぞれに「早咲梅」「遅咲梅」「鶯」と名前を附け、香りでそれらを当てるというルールです。

その3種のお香を用意(香を組むという)する際に先程の水玉リフィルで記録した事が活きてきます。

お香を組む際に気をつけたいことは、

①季節にあっているか

②香りの違いが明確か

③香りの濃度は一定か

と言うことなどですね。まぁ①はあんまり気にしていn...

水玉リフィルは一言ほどしか書くスペースがないため、書く際に言葉をよく吟味しますし、香りの感想の大抵はキーワードのような短い物なので十分事足りるのです。

そして見返す際にもパッと見やすくまとまっているのでわかりやすい!

そんな水玉リフィルと無罫リフィルを組み合わせれば、香組みも捗ると言うわけです。

皆様も是非お試しあれ!(誰もせん

 

 

システム手帳の使いこなし~S等氏の場合~

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みなさんこんにちは。Sトーです。
今回はシステム手帳の使い方です。ここ数日、お金にものをいわせていろんなスタンプを購入し、なんとか手帳を使いこなしている風に仕上げていました
が、気がつけば只のスタンプコレクターになっていました。

(中扉編)
S等1.pngS等4.jpgS等6.jpgS等3.jpg


(中身編)
水玉罫 3×6

S等5.jpg
昔々、あるところにペン王国がありました。
空前絶後で、全ての万年筆の生みの親であったY氏は、自分の傀儡としてSトーを王にして自分は執事の立場になり、背後からすべてを操作しようとします。
Sトー王は、執事の吉宗さんに面倒みてもらっており、執事の吉宗さんもSトー王がお金をもたらすかぎり、Sトー王に親切でした。
ですが、Sトー王の金払いが悪かったりすると大抵王国の玄関掃除をさせます。
さて、この国にはある秘密がありました。
それはこの国には女型の巨人がいたのです。そのため近隣諸国はこの国を攻め落とす事が出来ません。もっとも近隣諸国は攻め落とす気もありませんでしたが・・・

(話のパクリもとは「進撃の巨人」より。ちなみにSトー王自身、エキストラとして進撃の巨人に出演中。)
ペン国の隣国にル国がありました。
こことペン国は商業上の取引相手です。 
ですがル国の王は、自国の商売より自分の趣味に夢中でル国の女王からおこられてばっかりいます。
にもかかわらず、その性格はキレネンコでした。
ペン国の近隣には神田の杜とよばれるところがあり、そこには魔法使いと魔女と犬が住んでいます。
時々、ペン国にやってきます。
この魔女はいつも犬を連れており、その犬は思慮深く賢いため、 Sトー王を相手にしてくれません。

*ひょっとして、この絵はあの人たちではないかとあなたは思うかも知れませんが,それはあなたの心の中の問題であり、Sトーに一切の責任はありません。

おしまい。

システム手帳の使いこなし~スタッフKの場合~

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今月は「システム手帳の使いこなし」・・・筆文葉リフィルの企画で久しぶりに使い始めましたが、こういう手帳類は役割を分けないと、使いこなしが難しいですね。私の場合をご紹介したいと思います。

基本的に正方形ダイアリーを仕事用では使っていますが、データーを蓄積したいところだけは分けていました。リング式の強いところは差し替えが自由な所に尽きます。

正方形ダイアリーは日々の業務を。

システム手帳には蓄積していきたい情報を。

そんな風に分けて使っています。

まずシステム手帳は日々なるべく持ち歩いて「見る」ように。最初のカレンダーは意識するべき締切りの一覧です。なるべく優しい印象にするために色鉛筆で表記して、恐怖の締切を可愛く。(無駄な努力・・)

他、注意するべきタイミングを忘れないように表記しています。銀行振込みとか店主不在とか・・。

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カレンダーは祝日などがないので、ざっと2年見られるリフィルがあったのでついでに挟んでいます。

こんなとき、つい「え~今何月だっけ」となる数秒が嫌なのでパイロットのフリクションスタンプで〇しています。月が替わったら消してまた〇を押す。消せるってこういうとき素敵。

それから「時間をかけて考えるべき案件」をいくつか。

持ち歩いて少しずつの時間で考えます。意識していると脳が勝手に考えてくれて、いつか答えがふっと浮かぶ・・そんなことが時々ありますよね。完全に忘れてしまわないように目に付くようにしています。

それから「忘れないように記録しておくことたち」がいくつか。

これはそれぞれのメーカーさん達とのやりとりや、進行具合、仕様の詳細を書いておきます。

でも大部分は趣味的な要素が大きくて、レシピとか花の育て方とかそういうのも「1枚1件」と決めて書くようになりました。どこかに書いたんだけど・・というテレビのレシピも散逸しないように。

正方形ダイアリーは仕事用、システム手帳はもろもろ記録用、という感じです。先日発売のVファイルと情報ボックスも、リフィルが増えてきたら分類に使いたい・・。ファイルシステムはあるだけで仕事ができる気分になるから不思議です。

いつも形から入る派ですが、今回のシステム手帳は実用として生活に定着できるようにしたいと思います。

(黄色が多い・・)

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システム手帳の使いこなし

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今月のテーマは「システム手帳の使いこなし」です。各人が自分のシステム手帳の使い方のこだわりを披露します。

 

システム手帳というものが発売されて、外側のバインダー以上に、様々なリフィルが発売されてきました。

中にはそんなものまで?というものもありましたが、そういったものの多くは消えて行ってしまいました。

システム手帳自体売れなくなっていったのと、その役目がスマホなどに取って代わられていったということもありますが、それらのリフィルの多くは用途を限定しすぎていて、誰の用途からも微妙にズレていたのだと思います。そして、冷静に見ると横罫や方眼罫で代用できるというところがなくなっていった理由なのかもしれないと思っています。

手帳の用途は人それぞれで、100人いれば100人の仕様があると思いますが、用途を限定すればするほど使える人が少なくなっていく。

結局、横罫などのリフィルに自分で線を引いてカスタマイズしたリフィルが一番使いやすいということに気付きました。

3mmの補助罫のついた9mm横罫ならそれ以上横線を増やす必要もなく、必要なところに縦線を引くだけでいいので、自分でアレンジして使うのに丁度いいことが分かり、専ら9mm横罫を愛用しています。

線を引くペンはいろいろ探し回りました。

罫線の色になるべく近い色で書けるものは、ありそうでありませんでした。

ゼブラサラサに唯一グレーがありました。

以前は他のメーカーからも出ていましたがなくなっていました。

筆文葉リフィルはカラーのない1色刷りで、その簡素さがこのリフィルらしさとなっていますが、祝日や覚えておかないといけない日に印をつけるために色鉛筆も使いたいと思いました。

本格的に使うわけではなく、少し使うだけですが、色数はたくさんあった方が都合が良い。

ペンテルマルチ8は筆文葉のデザイナー金治智子さんが使っているのを見て、自分も使いたいと思ったものだけど、筆文葉と相性が良いと思っています。

3mm罫という細かいところに書かないといけませんので、手帳に書く万年筆は細ければ細いほど良くて、いろいろ試して結局M400<EF>を極端に細く研ぎ出したものを使っています。

細すぎたかなと思わなくもないけれど、細すぎる分だけ余裕を持って書くことができると思っています。

システム手帳の使いこなしというわけではないけれど、私の手帳的なペンをご紹介したいと思いました。(Y)

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私のリフレッシュ法~スタッフMの場合~

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こんにちは!スタッフMです。
リフレッシュするほど疲れているのか!?と言われそうな気がしますが、それなりにストレスは感じております、はい。

僕は昔からあまりオツムが良くない人間ですので、甘い物を食べると頭が良く働くだろうと思い甘い物を好んで食べて来ました。
高校生の頃などはテスト期間中、学校に羊羹を一本持って行き丸かじりしていたりで仲の良かった先生から心配された事がありました、主に病気的な意味で。

それがいつ頃からかただ単に甘い物好きになり、今ではチョコレートのかかったオールドファッションドーナツを嫁と思っているくらいです。
ただ四六時中食べているわけではなく、例えば一仕事終えた後に食べたり少し間を空けて食べたりしています。
 
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それが結果として僕のリフレッシュ法となっている様で、先ほど述べた一仕事終えた後のオールドファッションなどはそれはそれは美味しいご馳走の様に感じます(仕事にストレスを感じている訳ではない)。
日々たまるストレスを解消する方法としては、
 
ストレスを抱える⇒仕事をする⇒甘い物を食べる!
 
と、間に「仕事をする」を入れる事が重要ですね。
よって仕事と甘いものがあればストレスなど恐るるに足らず、なのです。
と言っても、これだけでは早晩糖尿病になってしまいそうなので、ある程度控えなくてはなりません。
その控えると言う事がまたストレスとなる訳です。
 
ここで僕は自分が香道家である事を思い出します。
(自分で香道家を名乗るのはちと恥ずかしいですね。)
香道の世界には、お香と触れ合う事で得られる10の徳「香十徳」と言う教えがあり、その中に「清浄心身(心身を清浄にす)」「能除汚穢(よく汚穢を除く)」という二つの徳があります。
これは心に溜まる澱、ストレスや疲れを癒してくれますよ〜と言う意味です。
その教えは身をもって体感しており、お香を聞いた翌日は実にすっきりと目覚める事ができます。
アロマテラピーの考えに通じるものがありますね。
甘い物と良い香りが世の中に満ちていたならば、誰もストレスなど感じる事なく生活を送れるのでは?
・・・と思うスタッフMでした。
 
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私のリフレッシュ法~S等氏の場合~

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おはようございます。
一人だけノリがちがうSトーです。
昔からこうでした。何度も社会や周囲にとけ込もうとしましたが無理です。
はっきりいって治りません。
ですので社会が私に合わせてもらう事にしています。
ところで、リフレッシュの方法ですが、私はずっとしたいものがいくつかあります。
例えばこれです。

サバゲ―.jpg

これもしたい。

釣り.jpg

とりあえずいま出来るのはこれです。

読書.jpg

調理.jpg

現在凝っているのはヨーグルトをつくることです。
私の作っているのは玄米乳酸菌 + R1でヨーグルトを作ります。
そしてヨーグルトを作るのに本来上のような調理器具は一切必要ありません。
しかし、私は常に外見から入るので購入しました。
なおこの絵の猫は家によく来る野良猫で、この絵のあと、

お魚くわえた野良猫、追っかけて、お前も酒の肴にしてやろうかーと裸足でかけてく、

愉快なSトーさんでした。おしまい。

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