雨~S等氏の場合・恐怖の天候(海外編)~

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 みなさんこんにちわ。Sトーです。今月は雨の話です。

これは恐怖の雨の話です。

 

恐怖の天候(海外編)

その午後、遠くからどっどっどっどっ、ガンガンガンという音が聞こえてきた。

当時、私はペットの犬をテニスコートに放して遊ばれていた。いや遊んであげていた。

しかし、遠くから響く、低い音は徐々に迫っており、私は少し不安になった。

私のいた場所は、周囲の街や港まで見渡せる小高い丘の上にあった。遠くには行き交う船も見えた。

しかし、その時は周囲の景色は霧状の灰色の何かで隠れており、どうもその灰色の霧の中から低い音は聞こえてきていた。

更に目をこらすと、私と犬以外には周囲に誰もいない事に気づいた。

やがて全く視界を遮るような灰色のカーテンのようなものが徐々にこちらに迫ってきた。

それはみるみる近づいてきており、気がついたら前方100メートルくらいまで来ていた。

その正体は「雹」だった。

直径5センチから10センチくらいの「雹」が一斉に大量に空から降りそそぎ、それが灰白色のカーテンのようになっていた。

その時、この飼犬がテニスコートの鍵を内側から自分で開けて脱走した。

普段からこいつは私の言う事はまず聞かず、自分が気が済むまで外で遊ぶタイプだった。そして気が済んだらいそいそと餌を貰いにいつも小屋に戻ってきていた。

ということでこいつはまた気が済むまで外で遊ぶつもりだった。

つまり、100メートルまで雹の嵐が接近しており、それに見とれていた私の背後で、こっそり鍵を外して反対側に全速力で脱走する犬1ぴきという光景だ。

 

正直あいつの命は諦めようと一瞬思ったが、きっと幽霊になっても、毎晩遊んで〜といって私を睡眠不足にするだろう。

むしろその面倒より、雹が勝つか、私が勝つかの勝負を挑んだ方がまだましだったので、私は「ご飯が出来たよー」と呼ばれたときと同じ速度で、その犬を捕まえに、向かった。

ところで全力で逃げる犬を走って追う飼い主はバカである。

なぜなら、私はそれで犬を捕まえたことが1回もない。

私はいつもやつには心理戦を仕掛ける。

この時は、わざと後ろを向いて徐々に近づき、時々止まって、私はお前に全く興味がないという態度を見せ、やつが安心した途端に首根っこをつかむ作戦に出た。

しかし私はプレッシャーに弱い。

実際にどうやって捕まえたのか実は憶えていない。

結果的には近くのテニス小屋の軒下に犬と逃げ込み、その次には周囲は爆音と共に周囲の視界が全て灰白になったことくらいしか記憶にはない。

もし当たっていたらぼこぼこになっていたと思う。

なお、雹って結構美味しそうな形をしていたのは、本当に余談です。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨~スタッフKの場合~

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子供の頃、雨に濡れるのが好きでした。

小学生の頃からどこかひねくれた子供でしたから、雨に濡れて「もの悲しくなる」のが好きだったのです。高校生あたりで「酸性雨」が話題になるまでは、何かと理由を付けてはついでに雨に濡れていました。

雨は五感を刺激するもので、雨が降った時ににわかに香り立つ街の匂い、肌を直接叩いてくる水滴、流れていく感触。

何となく街の音は聞こえなくなって、雨の音に支配されていく感覚。変わっていく街の風景。

雨の味って分かりますか?水だけどちょっとよそよそしい感じのする、雨特有の味があるんです。わざわざ飲んだわけではなくて、たまたま口に入ってしまっただけですが・・でも今思うと、あまりきれいなものではなかったんですねぇ。今では急な雨にあって濡れるのは嫌いになりましたが、大人になったということでしょうか。

前の記事で「雨見」があるだろうか、という話がありましたが、あると思います。

濡れる場所で空を見上げて、目に入る雨を気にしながら降ってくる雨粒を見るのも好きでしたが(急に小さくなった気がする)、濡れない場所で降り注ぐ雨を線として見るのも飽きない。

 

あと昔からいつまでも見てしまうのが、「車のワイパー」です。

あれは車種にもよりますが、両サイドから中央に動くタイプ、両方が左右に動くタイプ、色々ありますよね。


両サイドから中央に動くタイプのワイパーは、「えっ?○○さん?あ、違うか・・ってやっぱり○○さんじゃないの??」とワイパー自身が言っているように見えてきます。

左右に同じ動きをするワイパーは、「えっ呼んだ?・・いや誰もいないな・・えっやっぱり呼んだ?」という謎のセリフが頭の中でエンドレスに続きます。・・・誰か分かってくれないかなぁ~~。

マンガ.jpgどちらにしても、車の窓をつたう雨粒はいつまでも見ていられます。高速なら放射状に流れるし、止まっていたら細い筋が合流して大きな筋になって勢いを持って流れていきます。いつまででも大丈夫。

・・・まあそんな必要はないですけどね。それにしても誰か分かってくれないかなぁ~。

 

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今月のテーマは梅雨の季節にちなんで雨です。雨についてなら何を書いてもよく、ほぼフリーテーマだと思っています。

各人が雨にまつわる個人的な想いを綴ります。

 DSC05571_edited.jpg
写真がないので、最近気に入って中毒のように読んでいる本をご紹介します。普通のイタリア人の日常とイタリアの陰を書いたエッセイ。
内田洋子さんの本を最近続けて読んでいます。面白いです。

 

もし休みの日が雨降りで、外に出ないで家にいるとしたら、一日中自分の本棚の前にいたい。

つまらなかった本は処分して、気に入った本だけが詰った本棚の本を1冊ずつ取り出して、それぞれの本の好きなところだけを読み返したい。

そこからインスピレーションを得たことを手帳やノートに書いて、そしてまた本を読む。

私は休日どこかに出かけないと気が済まない性質だけど、梅雨の休日、外出を諦めてそんなことをして過ごす日があってもいいのかもしれません。

人並みに外で遊ぶ子供でしたが、実はボーッと雨の日家の中から窓の外を見ているのが好きな子供でした。

どんなに激しく雨が降っても、濡れることのない屋根の下にいるという、守られているような安心感を抱きながら飽きずに降る雨を見るのは、楽しい。それは大人でも同じなのかもしれません。月見があるのだから雨見というのもあるのだろうか?

子供の頃は、雨から守ってくれる屋根の下にいられることが当たり前のように思っていたけれど、それには努力と幸運が要るのだと思うようになったのは、自営業になっていつ失業してもおかしくない状況に置かれたからだと思います。

若い時の経験も、雨風しのげる屋根の下で仕事ができる今の状況が恵まれていると思える理由になっている。

店の軒先にワゴンを出していろんなモノを売る担当を6年ほどしたことがありました。

アーケードがあったときはまだ暑さ寒さに耐えればよかったけれど、アーケードが落ちた震災後は雨、雪とも戦わなければいけなかった。

その時のことは私の仕事の原体験のようになっていて、雨に濡れずに冷房、暖房の効いた屋内で仕事することができていることがどれだけ幸せなことかいまだに新鮮にかみしめることができる。

暑さ、寒さに耐えることだけでなく、その時の経験は今も自分の仕事の下地になっていて、決してただ辛いだけでなく、大変な勉強になった時間だった。

今自分はとても恵まれていて、雨が降っても自分は濡れずにお客様が傘をさして店まで来てくれる。

そんな恵まれた幸せなことはないと、ふと気を抜いた時に外の雨をボーツと見ることがあります。
(Y)

ルーティーン~スタッフMの場合~

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P1010029.jpg

こんにちは!スタッフMです。

今月のテーマ「ルーティーン」。

そう言っていいのかわからないほどのものですが、ほぼ毎日同じように行っていることがありますのでそれをルーティーンと呼ばせていただくことにします。


私は仕事のお昼休みと休憩時間に必ず散歩に出かけるようにしています。

それは長くても短くても良く、晴れの日も雨の日もなるべく外に出るように心がけています。

昔からじっとしていられない性質の人間で、何もやることがなくなったり手持ち無沙汰な時にはその辺をブラブラしていました。

働き始めてからはほぼ決まった時間に意識して散歩するようになりました。

毎日外に出ていても空の表情や行き交う人々の顔ぶれも漂う空気の匂いもすべて違いますので飽きることがありません。

最近はおきまりの散歩コースが出来たため、努めてそのコースを散歩するようにしており周りの建物や風景は変わることはありません。

そういった確定している要素がある環境の中に不確定な人・物・自然があることが面白く、ベンチに座ってのんびりしていると川の流れを見ているようで癒されます(雨の日は歩くのみ、靴が濡れるので少々億劫)。

癒されるためと言うといかにも単純な動機に聞こえて悔しいので付け加えさせてもらいますが、頭を休めるためにも重要な時間だと言えます。

そんなに使ってないだろうとか仰られずに。仰られずに!

この散歩の時間はもっと他のことに使えそうな気が自分でもしているのですが、それを止めることがなかなか出来ません。

それには理由があり、散歩の終わりに立ち寄るコンビニがそうさせているのです。

それはよく行くコンビニに私の大好物のドーナツが置いているからです。

「オールドファッションチョコ」

決してゴテゴテとしていない素朴な味わいのオールドファッション、その半身をチョコに浸すことによって憂いを帯びたダークブラウンを纏いうっとりするような艶を放っております。

サクサクとしたクリスピーな食感と卵の香りが身に覚えのない懐かしさを感じさせ、チョコのかかったところをかじれば芳醇なカカオの香りと甘みが走る、甘美。

美味しいとしか形容しようがないのです。

やめられない止まらない。

このルーティーンの終着点はチョコオールドファッション。

昔からこれ!と決まればなかなか変えようとしない自分の性格からか、気がついたらこのようなルーティーン?が出来てしまいました。

別にこれのために仕事をしているわけではありませんので休日にも同じようなことをしていますし、これがなくなったところで日常が崩壊するようなことはありえませんが、この一連の流れをこなすとどこかホッとした気持ちになれるのです。

やはり癒しなのかもしれません。

荒んだ心をしているわけではありません、なのでささやかな癒しが得られるこのルーティーンがちょうど良い具合のストレス解消になっているのだと思います。

ルーティーン~S等氏の場合~

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今月はルーティーンです。

およそ人も犬も野良猫も生きている以上、多くのルーティーンワークがあると思います。

かくゆう、Sトーも多くのルーティーンワークがありますが、ここに書けるようなものはほとんどありません。

人に言えるルーティーンワークは以下です。

1) 猫の餌やり

私の住む家の庭には、毎朝、飽きもせず野良猫たちがやってきて、一日中寝ています。

ずっと何世代も交代しており、今で4代目くらいでしょうか。

これまで色々な猫がこの庭に来ました。

茶色と白が混ざった猫はものすごく昔からいる猫で、早く化け猫になって家に10億くらいもってきてね、といいながら餌をやっています。

で、朝起きてまずやることは、数匹の庭にいる野良猫に餌をあげるのが日課になりました。

それでも猫の中には餌をあげているのに威嚇してくるのもいます。恐らく、餌をくれと言っているつもりなのでしょうが、威嚇してしまっていることに自分でも気づいていないのだと思います。

威嚇Sトー.png

2) 靴磨き

日課ではありませんが、一年に2回くらいするのが靴の手入れです。

私の靴は10足以上あり、多いのはフェラガモです。

フェラガモはすごく高い靴ですが、私はブランド志向なわけではなく、日本製では足の形が合わなくなってきたので結局そうなりました。外国製品の中でも手入れがしやすく長く履けると思います。

靴の手入れと言っても基本的には水を染み込ませたタオルで靴の表面をふき、汚れを落としてからブラシをかけるだけです。たまに無色の靴クリームで栄養を与えますが、フェラガモの革はあまり必要ないようです。おそらくですがフェラガモの靴は生きており、周囲の人の魂を養分にしているのだと思います。

ところで靴の形で一番好みはローファーです。ブーツはサイドゴアです。

理由は紐靴だと着脱が面倒だからです。スポッと履ける靴、そこが一番重要です。

ルーティン靴.png

 

3)読書・映画鑑賞

読書は子供の頃は誰も読んでいないようなファンタジーやSFでしたが、今はノンフィクションのものだけです。大抵は専門家の本や研究者の本です。特に内容にはこだわりはなく、歴史・政治・法律・経済・科学です。ただどれも難しくて殆ど頭に入っていません。

やっぱり自分の専門は漫画で、ワンピースや進撃の巨人はちゃんと頭に入ります。

進撃のS.tif

4)映画は一年に数回だけ、ブルーレイを借りてみるか、映画館に行きます。

自分の好みはハリウッド映画の場合は主にSFかホラー(特にゾンビもの)です。ですからSFでホラーでゾンビものがSトーの最も好みになります。あとはヨーロッパ映画、日本映画、インド映画でもおもしろい映画があります。

最近、映画館でハリウッド映画のスターウォーズ「ローグワン」を見ました。

これはスターウォーズのスピンオフ作品ですが、スターウォーズは要するに宇宙全土を巻き込んだ失恋と親子喧嘩の話で、ローグワンはその本編を完全に喰ってしまった作品です。

どうもSトーの好みの脚本の一つは、誰も相手にしないような中途半端な社会の負け犬たちが、すごく大きなことをしてしまうというものがあり、このローグワンはそのタイトル「ならず者」から既にその意味が漂っていましたが、やはり面白かったです。

この宇宙全体にすごく迷惑を掛けたシリーズは30年前の最初の親子ゲンカ3作と、このローグワンだけで十分だとSトーは思っています。

スターS.tif

 

ルーティーン~スタッフKの場合~

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こんにちは!WRITING LAB.スタッフKです。

今月のテーマは「ルーティーン」。お店を始めてから10年、欠かさず月に一度していることがあります。

それはお店の「雑記から」に掲載する4コマまんがを描くこと。

2007年のオープン前に、学級新聞みたいなお店からの発行物を作ろう、という話になったとき、友人が

「じゃあ、サザエさんみたいなちょっとしたマンガがあったら面白いよね」と言い出し、無理だと言い張る私にコワ~イ笑顔で

「昔、よくみんなの似顔絵描いてたでしょ。何とかなるって。・・ていうかやらなきゃ・・・ね?」と言ったのです。

あれから10年。よく続けてきたと思います。

そのマンガは25日発行の「雑記から」に合わせて、直前の水曜日(定休日)に描いています。

先に描いておけばいいものを、どうしても追い詰められなくてはできず・・・直前の休みの日に「もう後がない・・」と取り組むのです。だから毎月25日の直前の水曜日は前日からプレッシャーで休み気分はありません。

アイデアは机の前に座っていても浮かんでこないよ、と本で読んだり人に聞いたりしますが、私は「机の前に座ってそのことだけを考え」なければ出ません。もちろん何にも浮かばなくてもうダメだ、と思った月もありましたが、結局は座って考えて考えてしているうちに何かが出来上がっている、という感じです。

時々はメモしておいたネタを描く時もありますが、たいてい机の前に座るまでゼロなので、下書きが出来上がった時はホッとします。(面白いかどうかは別として)

SN3I0767.JPG

4コマはオリジナルのA5方眼ノートに1回分で見開き1ページを使います。左にアイデアやラフスケッチ、右に本番の原稿。10年で今5冊目です。

今はパソコンで取り込んだ後に画像修正もしていますが、つい最近までこれをそのままコピーしていました。最初はフォーマットもノートも決まっていなくてバラバラな感じでしたが、徐々にレイアウトが決まり、絵も何となく落ち着いてきました。(上手くはなっていないけど)

コマごとに顔が違うなんて当たり前だったし、セリフも縦書きだったり横書きだったりと、一生懸命描いていたけど色々残念だったと思います。とにかく情報は子供の頃よく読んでいたマンガだけでしたから。・・だから表現がどこか昭和です。「ガーーン」って岩が頭にのっていたり、「あっ!」って電球が点いたり。

SN3I0769.JPG

左のラフは、書き込みがあるほど苦しんでいます。たいていはアイデアになるフレーズだけ字で書いて、いきなり右側に描いていくので。

いつもの2つだけの4コマを描くだけなのに、朝から始めても夕方3時・4時くらいまでかかります。もちろん休憩と称して夜中に録画しておいたアニメを観たりしていますが(;^ω^)・・。全然違うことを頭を使ってしてしまうと戻れなくなるので、そのくらいがちょうど良かったりします。

最近は「文集・雑記から3」のための絵も描いたりしていましたので、そんな水曜日がずっと続いています・・。

SN3I0768.JPG

絵を描く時に必要な環境というのがあって、「ひとりである事」「太陽の光があること」です。下書きができていればいいですが、考えながら描くときはどうしてもひとりでなくては集中できないのです。(儚い集中力)

と言っても雨の日もあるので、太陽の光は最悪なくても頑張れます。でもひとりである事だけは必須かも・・。

SN3I0770.JPG

リビングのダイニングテーブルで作業。下書きは三菱クルトガが太くならなくて良いです。最近は回転数が多くなった新製品をお試し中。消しゴムはステッドラー、本番の線は三菱シグノ0.38mmです。

10年続けているこの工程、毎回同じだったんだなあとよく考えてみて気付きました。

ルーティーン

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DSC05244_edited.jpg

今月のテーマは「私のルーティーン」です。

各人が生活の習慣について語ります。

 

スポーツ選手のような集中するための手続きのようなものは持っていませんが、朝同じ時間に起きて、同じ時間のバス、電車に乗って出勤し、メールの受け答えをして、時間があれば街に出て歩き、開店30分前に弁当を食べて開店を迎える。

店の営業が終わると後片付けをして、同じくらいの時間に店を出て、家に帰るという繰り返しを大切に思っていて、これが自分のルーティーンだと思っています。

何かイレギュラーなことがあったら、それ自体は楽しんでいるけれど、日常の生活のリズムが懐かしくなります。

静かな平凡な生活の習慣を繰り返すことに、もしかしたら何の意味もないのかもしれないけれど、このリズムを守ることが店を続けることに繋がっているのかもしれない、この生活を実直に淡々と繰り返すことで守られるのかもしれないと、信仰のような気持ちになることがあります。

実は、今の生活を失うことが一番怖いことで、この愛おしい日常を守るために同じ生活を繰り返しながら、頭の中では今後も自分の仕事が続いていくために、昨年と違うことをしようと考えたり、これからの仕事、店の変化について考えているから何か不思議な感じがするけれど。

いつも文章の締め切りに追われていて、これが常にあることも仕事が終わらずにずっとあってくれているということの証なので、有り難く思っている。

文章を書くことについてルーティーンと言っていいのか分からないけれど、手書きで書いてみるということだと思います。

頭の中で考えていることを直接パソコンに打ち込むことができると時間の節約にもなるけれど、どうしてもできない。

どんなメモ書きでもいいから紙に書いてからパソコンで清書しています。

下書きは万年筆である必要はなく、鉛筆などを使うこともあります。

パソコンに打ち込むための下書きのようなものなので、電車の中で立ったままで書くようなことが多く、本当はいい齢して電車の中でセコセコとメモ帳に何か書くようなことはしたくないと思いながらしています。

でも電車の中は集中できる貴重な時間なので、有効活用したいと思っている。

4月以降、朝の電車がしばらくは混んでいるので、メモ帳は小さなものを選ぶようになっていて、A7サイズのメモカバーに入れたメモ帳を使っています。

当然、万年筆は使えず工房楔に花梨のペンシルが定番で、文章を書くためのルーティーンの一部になっている。

書くためのルーティーンについて書いたけれど、まとめると私のルーティンは淡々と続く繰り返しの毎日の生活で、そのルーティーンを永遠に続けるために、変化を起こすことを考え続けるということと、なのかもしれないと、今回の原稿を書きながら思い当たりました。(Y)

桜の思い出~スタッフMの場合~

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IMG_6386.JPG※生家にあった桜の晩年

こんにちは!スタッフMです。長いものに巻かれる性格をしておりますので桜のお話をさせて頂こうと思います。

と申しますのも、新入学の思い出と言う物がこれと言って特別な物がなく、あまり印象に残っていないと言うのが本音のところであります。

その代わり桜についての思い出はそこそこあります。

 

私の生まれた家は築80年の銭湯でした。

銭湯と言えば富士山の壁画がイメージされるかと思いますが、我が湯の場合はあまりの古さに富士山の絵は霞んでしまっていてただの壁のシミに見えるほどでした。

私が生まれて3年ほど経った頃、阪神淡路大震災が発生。

震源からやや離れた明石市に住んでおりましたのでさほどダメージはありませんでしたが、男湯と女湯を隔てる大きな壁のど真ん中にヒビが入り、お相撲さんの張り手一発で男湯と女湯が開通してしまうほどの危うさを醸し出しておりました。震災後しばらくすると周りの一般家庭に家庭用風呂が急激に普及しお客様の数は激減。来てくれるお客様は超がつくほどのローヤルカスタマーばかりでしたので年々数は減っていきました。

そんな傷跡を残したまま(ある程度は修復済み)営業をしておりましたので本当におんぼろ屋敷そのもので、なにも誇れる物のない銭湯。

しかし年に1度、我が家の事を誰もが羨ましがる期間がありました。それが春、桜の咲く季節でした。

男湯側の脱衣所にある「せんだい(播州弁で前栽の意)」に1本の桜が植わっていて、毎年見事に咲き誇っておりました。(もっとも桜が終わったら地獄の毛虫まつりが)

家の年齢より年上の桜なのでもしかすると樹齢は3桁を回っていたかもしれません。

そう言う情報を知った上でその桜のことを見るとどこか仙人めいた雰囲気があるな~!と幼心に思い、根元に置かれた石の祠にはきっとカミサマがいるんだ~!と信じていました。

その桜を居住スペースである銭湯の2階部分から眺めることができ、毎年春が近づいてきたら毎日開花具合をわくわくしながら観察して過ごしていました。

 

そして私が15歳になり桜の花の数が年々減ってきたな~と思い始めた頃、我が家に猫が6匹やってきました。

まだへその緒が残っているような赤ちゃん猫がビニールに入れられ、近所の公園の草むらに捨てられているのを発見。

連れ帰っても親に猛反対されることは経験上解っていたので心を鬼にし見捨てようとしたのですが、頭上からおびただしい数のカラスの鳴き声が聞こえ、拾って帰ることにしたのです。

1年もすると立派な成猫となり家の中を好き勝手に動き回るようになりました。

そのうちの1匹はなぜかその桜のことが大のお気に入りのようで、木登りをして寄ってきた鳥を脅かしたりして遊んで、疲れると根元の祠で休憩をとったりと兎に角桜にべったりでした。

それから何年かした春の終わりに、その猫は息を引き取りました。

猫特有の白血病にかかったようです。

日に日に衰弱し、とうとう桜に上ることが出来ないまま春を終え逝きました。

なぜだか無性に桜がさみしそうに見えたので、その根本付近に埋葬しました。

それからは毎年、その桜が咲く頃になるとその猫が帰ってきたような気がして、ただただ眺めながら猫との思い出を振り返り、春の訪れを喜びつつ少し切ない気持ちになっていました。

 

数年後、お客様の減少が著しく経営し続けることが困難となり閉湯することとなり、それに伴い我々一家もこの銭湯から出ることとなりました。

引っ越しの準備が完了し、手荷物を残しほとんどの荷物を運び終えた夜、がらんとした家の中から花の散ったばかりの桜を母と二人で眺めていました。見納めと思うとずいぶん切ない気持ちになり、すこしばかり泣いてしまった事を覚えています。

家族の誰もがあえて話題に出さなかった、あの猫の事を思いました。

この桜と一緒に、ここで更地となってしまうのか、と思いました。

なぜだか無性に母がさみしそうに見えたので、その根本付近を掘り返しました。

そしてあの猫と一緒に家を出て、現在に至ります。

 

毎年桜を見ると、我が家に咲いていた桜よりずいぶん立派だな~と思いながら今は無きあの桜の事を思い出します。

私や母が産まれるずっと前からあの土地を見守り続け、毎年春の訪れを知らせてくれていた。

最後の方は枝も花もずいぶんと貧相になってしまっていたけれど、そこに何とも言えない美しさを感じていました。

今は立派な家が建ち、桜の木の気配は消え失せてしまっているけれど、思い出の中の桜は今年も満開でした。

ちょっぴり切ないですが、そんなこともあって私は桜が大好きです。

来年が待ち遠しいですね。

 

 

 

桜の思い出~S等氏の場合~

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おはようございます。(今は朝の午後5時です。起きた時間が朝です。)

今月のお題変更につき嘆願しようとし、竹の先に刺した血判書を高く揚げY様のお乗りのお籠に近づこうとする度、側に控える刀持ちのM氏に斬られていたので、投稿は大変遅れました。

今月のテーマは新入獄、いや新入学の話でしたが、そこから話を広げて良いという旨を賜ったのでそうします。

20歳くらいまでは、ほとんど意識のなかった(ボーとしていた)私なので、何やら、花びらのゲートをくぐったとか、春の日差しが暖かいとかそんなことしか記憶にありません。

しかし、入学時、又は新学期に共通しているのは、同じクラスにいるかも知れない美人探しです。

過去の戦績は一人だけ、中学二年の時に若くて美人の先生に当たり、そのまま三年生も先生のご指名で、先生のクラスになりました。(気に入られたのはきっと、先生が家庭訪問しに来た時に乗っていたバイクの空気を抜いたからだと思います。)

しかし、その前後は全て外れで、小学四年生の時の女性の先生はケンカして泣かせた思い出さえあります。

基本的に先生にも同級生にも恵まれないSトー(あくまでも悪いのは相手設定)ですが、全員敵だと思っているので同窓会には行けないと思います。

が!美人探しだけは怠ったことはありません。

それは社会に出ても役に立ち、どこへ行くにも必ずチェックが入ります。

キャバクラ・フィリピンパブなどに接待・招待の際は必ず美人探しから始まるのです。

一体学校で何を学んでいるのかと思われるかもしれませんが、これは非常に大事な事です。

しかし、そのうち気付きました。あ、Sトー美人と話が合わない。

よくよく考えたら普通の女子でさえ、小学校の時に学校の女子全て敵に回したこともありました。

美人で高学歴の人とは仕事で一緒になったこともありますが、大抵怒鳴り合いでした。

Sとう.png

う~ん、やっぱり美人に縁ないです。

 

おしまい。

 

桜の思い出~スタッフKの場合~

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桜.jpg

                    *昭和50年頃の明石公園の桜

こんにちは!スタッフKです。今月のテーマは新入学の思い出・・でしたが、一部メンバーの嘆願により桜も可、となりました。

嘆願メンバーの一人である私のテーマは「桜」な訳ですが、桜と言えば「お花見」のイメージです。

子供のころ、毎年桜が咲くと、近所の明石公園で親戚が集まる恒例のお花見がありました。

親戚が集まるので総勢20名ほどになるのですが、子供が半数を占めるので意外とまじめに「お花見」していたと思います。

明石公園には桜の時期になるとそれは大勢の人が集まって、その時ばかりは辺り一面お花見の人で賑わいます。

カラオケを持ち込んで歌う人、お酒を飲んで盛り上がる人、大声で笑う人たち。

生まれ育ったのが明石なので、明石公園は夏休みに蝉取りや写生にザリガニ釣りをし、当時公園内にあった図書館にも通いました。

学校の行事では陸上競技場を利用していましたので、よく訪れる「勝手知ったる」場所だったのです。

でもお花見の時になると、不思議な感覚になりました。

桜が咲いているからでしょうか?いつもは気づかない道が奥へ続いているのを見つけたりします。

明石公園は実は奥にも広く、子供が気づかない道があってもおかしくないのですが、なぜかいつも見つけるのはお花見の時でした。

お弁当を食べて、バドミントンをして、ちょっと桜の下で横になったりして。いとこたちと遊びながら、急に一人になりたくなってみんなと離れて散歩している時に、たいていそんな道を見つけます。一度、その知らない道へ入ってみたことがありました。

ずいぶん奥だけど、つきあたりに大きな桜が見えました。そこまで行ってみよう。そう思ってしばらく歩いていると、その道には桜は咲いているのに誰もいないことに気付きました。さっきの道まではたくさんの人で賑やかだったのに。

そういえばつきあたりの桜の下にも、お花見の人たちの姿はありません。

なんとなく、このままあの桜の下まで行くと、二度とみんなのところに戻れなくなる気がしました。

急に怖くなって、半分ほど来たところで引き返しました。振り返ることなく、一目散に走ってみんなのいるところを目指しました。

その道を抜けて角を曲がると、お花見の人の賑やかな気配がぶわっとしました。それで急に安心して走るのをやめて、いとこを探しました。そんなことはないはずだけど、振り返ったらさっきの道がなかったらどうしよう、とか思いながら。

 

そういう道は(あちこちにある。)お花見の時期にだけ何度か見かけたけど、どれにも絶対入らなかった。

おそらく桜が咲いているから普段見えていない道に目が行くだけで、普段もそこにある道なのですが。

 

最近、同じく明石公園が庭だったという同い年の方と話しましたが、当時は公園にまつわるちょっと怖い話も結構あったそうです。確かにお城だし、お堀の周りには柳だし、奥の方に池もあるし・・。教えてもらうまで全然知りませんでした。

 

すっかり大人になった今でも、「あれ?こんなところに道あったかな?」ということが公園でなくてもありますが、そこを通ってみても帰れなくなることはなく、ただの抜け道なのでした。

「子供のころ」と「桜」が絡むとちょっと妖しげに聞こえますね。

 

 

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