月について~S等氏の場合~

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子供の頃は、夜中の8時まで家に帰らず遊んでおり(それを外回りと呼んでいた)、帰ってくると勉強は一切せず、本を読んでいました。
本の種類は様々で、その中にはSFや ファンタジーもありました。
月を主題とした本はけっこう多かったと記憶していますが、現在憶えているのは主にSFの分野で、羅列する

ア ーサー・C・クラークの『渇きの海』、

ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』、

ェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』 などです。
この中で特に面白かったと記憶しているのはアーサー・C・クラークの『渇きの海』です。
これはたしか月面の観光船が月の砂漠地帯で遭難し、それを救助する話だったと思います。

とにかく描写にリアリティーがあり(最近のアマゾンの書評に同じ事を書いていた人がいました)、月の特性(特に地質) をすごく活かした作品でした。

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記憶ではこの内容が当時は衝撃的で、これがSFにはまった原因だったと思います。
アーサー・C・クラークは,世間一般の人でも知っている有名な映画「2001年宇宙の旅」を書いた人です。
また他にも、この人の代表作は数多くあります。
しかし個人的には、この人の本で面白かったのはリアリティーを追求した『渇きの海』と、今の社会では実現の可能性さえある宇宙エレベーターを書いた「楽園の泉」です。


実際にアポロ計画が当時のSF作家たちの集まりから発想を得て計画されたと聞いた事があります。そしてこの宇宙エレベーターの発想は、この本が最初だと思います。


私はSFやファンタジーの作品に、逆にリアリティーや現実の人間の葛藤やドラマを求める傾向にあります。その方が名作になるからです。
また今日、小説は売れない時代といわれており、その理由の一つに「今のコンピューター技術はあらゆる人間のイマジネーションを映像化でき、人は文書より、映像が好きだから」というのがあるように思いま す。
しかしコンピューター画像の最先端で活動しているS等にとって(youtubeでゲーム映像を眺めている)、それだけでない事はわかります。
読書という行為により、読み手は、その内容の映像化を自分の中で行います。
それは他の人がコンピューターで作成したどのような映像よりもリアリティーがあります。 ですので人の中の創造性やイマジネーションを技術が越えるのは遥か先だと思います。


ところで,今月は「月」の話しをしなくてはいけません。
そこで、とりあえず問題提起すると、昔から、月を見て変身するのは狼男と決まっていますが、なぜ、猫や犬ではないのか、同じもこもこ系なのに?という問題があります。
狼がかっこ良くインパクトがあるという以外に,Wikipediaでググるとその答えがすぐにありました。
日本には昔、狐憑きという現象があったのですが、西洋ではそれが狼憑きという現象になるみたいで す。
西洋では主に宗教上の理由から狼男ですが、日本では狐憑きとなり、日本文化と融合するようになったのかも知れません。

ところで私は満月を見ると、もこもこし、手はぷにぷにになるので、おそらく同じような病気なんでしょう。

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月という存在~スタッフKの場合~

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        *自宅からの月。簡単カメラなのでちょっとぼやっとしています

今月は月について。テーマが決まってから、昔から好きだった月について改めて考えました。

自分の中で、月は何となく特別な存在です。それはなぜだか分かりませんが、月を見ると懐かしさというか複雑な感情が沸き上がります。もしかしたら人間なら誰しも抱く思いなのかもしれませんが、それを子供の頃から感じています。

そもそも、地球という天体の衛星としては月は不釣り合いなほど大きくて、どうしてそこにあるのか今なおはっきり解明されていません。存在していて、私達が地球から見ることが出来ている事自体、奇跡のように感じます。

普段すぐそこに見えていても何の影響もなく生活している気がしますが、月の引力は潮の満ち引きをはじめ確かに地球に影響している。月を見ていない人間なんていないから、歴史上の人物も同じ月を見たと思うと、やっぱり不思議な感覚になります。

月、という天体にも興味がありますが、地球から眺める情景はさらに興味があります。

月が存在する風景は侘び寂びを表している気がして、心の奥に郷愁にも似た感情が湧くのはそのせいかもしれない。

気付けば月のポストカードや本もなぜかたくさん持っていて、何かあると外で月を眺めてしまいます。

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月を見ていると簡単に「無」になれる。夕焼けの空を見てもその風景で頭を満たすことができます。

あれは中学の頃だったか、本当に見事な夕焼け空だったので、自転車に乗ってきれいに見えるスポットを探しました。

その時たどり着いたのは警察署の前で、さすがにそこでその建物を見上げているのはおかしいと思い、前の公園の滑り台の上で陽が沈むまで見ていたのを覚えています。

太陽が沈んで月が光を放ち始めるときも、完全に夜空に浮かび上がった時も、どれをとっても情感があっていい。

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 月を題材にした物事は数限りなくありますが、中でも月の形と昇る時間によって変わる名前が情緒があって素敵だと思います。

新月・朔から少しだけ光を浴びた三日月(みかづき)、そのまま右半分だけ明るくなった上弦の月(じょうげんのつき)、満月まであと少しの十三夜(じゅうさんや)、満月の十五夜(じゅうごや)。

十五夜より少し遅れて上る十六夜(いざよい)、日没後に立って待っていれば月が出るという意味の立待月(たちまちづき)、座って待つくらいの居待月(いまちづき)、そして寝待月(ねまちづき)。

夜が更ける頃に上る更待月(ふけまちづき)、そして左半分だけ光を浴びた下弦の月(かげんのつき)。

どれもどれだけ月待つつもりなん、と思うけれど、素敵な呼び名だなあと思います。

といいつつ、低い位置の上弦の月なんて見たらちょっと赤くて、ゴジラが立ってたらあの辺が目なんだろうなぁと妄想したりしています。けっこうリアルに見えますので、ぜひ一度妄想してみて下さい。

 

月について

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今月のテーマは月です。

各人が月というつかみどころのないテーマと格闘します。

私たちは月や太陽の方向で時間の経過を知り、月の満ち欠けで日にちの進行を知り、太陽の傾きで季節の移ろいを知ると思うと、カレンダーと時計が組み合わさった複雑時計が頭上にあり、それはすごいことだと思います。

しかし、月という星についてあまり語るべき教養を持ち合わせていませんので、申し訳ありませんがカレンダーの月について語らせていただきます。

 私たちの仕事は月を1つの単位としています。

掛けの支払いもそうだし、給料も月給で支払われている人が多い。売上や収支のデータを多くの会社は月ごとに出していると思います。

12か月全てがつながっていなくて、月という単位ごとに分かれていてよかったと、よく思います。

売上がずっと良かったら良いけれど、悪い月などはその月が終わることで気分的にリセットすることができて、翌月はもっと良くしたいと気持ちを切り替えることができます。

多くの人の仕事において1か月のカレンダーはなくてはならないものだと思います。

月間のカレンダー、ダイアリーには大きく分けて、ブロック型(カレンダー型)と日が縦に並ぶバーティカル型があり、1か月の形として多くの方が認識しているのはカレンダー型だと思います。

それは子供の頃の時間割で馴染がありますが、週ごとに仕事の内容が変わることにおいても都合がいい同じ曜日が縦1列に並ぶために使いやすいからなのかもしれません。

ブロック型(カレンダー型)には、月曜日始まりと日曜日始まりがあります。

土日曜日が休みの週休2日が定着した現代では、土日を週末と考える人がほとんどなので、月曜日始まりのダイアリーが一般的になってきています。

日本ではあまり言われないけれど、海外での仕事によく使われるものに週番号というものがあります。

当店のオリジナルダイアリーにも昨年分から週番号を入れるようにしていますが、週番号の付け方が月曜日始まりと日曜日始まりでは違っていて、当初混乱しました。

月曜日始まりのカレンダーでは一番最初の木曜日のある週が第1週になりますが、日曜日始まりのカレンダー(これをアメリカ式と言います)では11日のある週が第1週になります。週の数え方が違うのは不思議な感じだし、統一されていないことに驚きます。

話は戻りますが、当店のオリジナルのマンスリーダイアリーは、私たちがイメージする1か月の形である月曜日始まりのカレンダーの形をしていて、不確定な用事も記入するスペースがあったりして、仕事の実情に合った完璧なフォーマットだと自画自賛しています。

私のイメージする月とは、このマンスリーダイアリーの見開きのページということになります。

 

9月になって、文具店に来年のダイアリーが並び始めました。

当店も毎年発売しているオリジナルダイアリーが来週頃には出来上がってくる予定です。

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今使っているノート~スタッフMの場合~

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 私は今までノートをきちんと使い切った事がほとんどありません。学生の頃はもっぱらルーズリーフを使っており、講義内容など片っ端から書き殴ってはバインダーにまとめ、かろうじてノートの形を保っていました。

今から考えると、当時の僕はほとんど何も考えずただただテスト前に困ら無いようにする程度にしか思っておりませんでしたので、ノートの大切さを何も解っておりませんでした。その為、授業の理解度は低く、学期末に実家に送られてくる成績表に怯えておりました。

 ある時、僕は自分自身に驚きます。ノートと言う物の使い方が本当に解らなかったのです。何を言っているんだと思われるかもしれませんが、その通りなのです。

ルーズリーフはバインダーの中で自由に並べ替える事が出来るため、あんまり考えて書かなくてもそれなりに形となっておりましたが、ノートの場合はそうもいかないのである程度頭の中で整頓してから書かなくてはいけません。ずっとルーズリーフばかり使っておりましたので、ノートに書くという行為が非常にハードルの高い物のように感じられて避けていました。なので今月のテーマは僕にとっては非常に難しく、卒論に臨むような心境で書いております(嘘です)。しかし幸いにもこのお店で働き出してからは書くことがより日常的な事となり、徐々にですがノートとの付き合い方が解ってきました。

 RIMG5440.JPG今一番使っているノートは神戸派計画の「iiro(イーロ)」です。

カラーバリエーションが多く、自分好みの色の表紙と罫線が選べるため、モチベーションが上がります。コンパクトなサイズ感ですのでカバンの中で邪魔になりません。

そして180度開くその綴じ方は丈夫で、折り返して使うことも可能なのです。ですので僕はこのノートをメモのように使うことが多いです。気付いたこと、教わった事などをその時すぐに書き込むように心がけております。書きたいと思うタイミングに限って席から立って何か用事をしていることなどもしばしばありますが、コンパクトに折り返せますので立っていても書きやすい。ジョッターやメモを使う感覚に近い物がありますが、綴じられているので書き込んだ情報が散逸することがありません。

 とは言え、この使い方では学生のころとそう変わりません。なのでこのノートは一時的に情報をまとめておくための物として位置づけ、ある程度溜まったらシステム手帳にまとめていきます。ノートの方は本当にメモのように使っておりますので、後から見返すと古文書の様な難解な良い物と成り果てています。ですから清書と整理の意味もかねてシステム手帳へ綴じています。ずいぶん乱暴なノートの使い方をしており、ノートには申し訳なく思うけれど、とても楽しい作業です。

僕の使い方は決して正解とは思えませんが、それなりに良い付き合いが出来ているかと思っております。これからもめげずに書き続けいろいろなノートを試していきたいと思います。RIMG5442.JPG

ノートの使い方について~Y女史の場合~

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私はノートのベストな使い方についていつも探求しています。

今の時点で見つけたノートの使い方は2種類あります。

1.リスシオ/グラフィーロ(A4)の用紙に勉強の内容を書き、書いた後にナンバーと日付を入れてバインダーで綴じる。

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 この方法は、ノートを何冊も持ち運ばなくても用紙さえ持っていればいいので、非常に気が楽です。ノートを何種類にも分けて書く必要のない時に向いている方法だと思います。

しかしあまりにも違う内容の文書を一冊のバインダーに綴じてしまうのはちょっと困ると思う時もあると思います。

私はそんな時、次のようにしています。

2.A4サイズグラフィーロノートにタイトルを付けて、用途別にノートを使っています。

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こんな感じで、テープライターにタイトルを書いて、表紙に貼っています。

長年探し続けてたどり着いた方法は、以上の2つの方法です。これらの方法は何か勉強しなければならないことがある人や、書く内容がとても多い人に向いていると思います。

ノートについて~S等氏の場合

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(落書き帳)


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私はもっぱらPen and message.の 324円のこの用紙をよく使用します。

自由に書けるし、万年筆で絵を描く ときとかも重宝しています。この紙を販売しているお店側はそんなによい紙ではないといっていますが、私は万年筆とこの紙の相性は良いと思います。
現在の使い方としては、本を読んでいて内容がよくわからないときに書き込んで概念化するのに使っています。常に2~3冊のストックがあります。
今は日本の歴史を勉強しており、家系図とか、よくわからない日本の昔の地名や、位とか、そう言うものを書き込んで、いろいろな関係とか構造を書き出して理解しようとしています。そういうときはこのような真っ白の紙が一番良いです。
余談ですが、最近の考古学、歴史学はかなり研究が進んでおり、縄文時代の日本、特に東日本はものすごく活発で、海民、山民、採取民により社会が形成され、障害者や女性への差別もないとか、弥生時代はこれまでのようにイコール稲作文化ではなく、縄文時代の文化も承継し共存した多様な職能集団が存在し、様々な人たちが交流した社会であったとか、中世で人びとは男性も女性も全国中を旅して、自由度の高い社会だったということがわかっているそうです。
ところで百姓=農民ではなく、百姓=一般人であり、水呑と呼ばれた人たちも、貧しく自分の土地を持てない農民ではなく、土地を持つ必要のない海運業や金融業等の裕福な人も含まれていたとか、昔習った事は一体なんだったんだろうと思ってしまいました。
これまでの通説的な思い込みである日本は男尊女卑も事実ではなく、実際は最終的には女性に頼る社会でもあり(ペンアンドメッセージを見れば納得)、中世までは差別もない社会だったということです。(上下関係と奴隷はいましたが)
古代では遊女も博打打ちも神聖視されていたとかで、キャバクラに憧れを抱くSトーに取って、その時代は夢の時代かも知れません。

(システム手帳)

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これは普段持ち歩いているシステム手帳です。

これもペンアンドメ ッセージで販売しています。
デザインはありそうでない秀逸なものだと自分では思っています。
ダグラスという革を使っているそうですが、この革は男性にとっては好みの革だと思います。

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私も多くの人と同じようにシステム手帳の遍歴はけっこうありますが、結局大手メーカーのより、個人作品のほうが質も値段も満足感がありお買い得感もお得感が全然こっちのほうが上でした。

使い方は、デスノートとしてではなく、この手帳に翌日、自分がすべきことを列挙し、次の日の予定計画をたて、翌朝に行動し、その日の中で 完了したものにはマークしていき、それ以外で達成しなかったものは翌日行ったり、時には、なぜうまくいかなかったという分析を記入したりなんてことしているので、結構、リ フィルを消費します。
ところでこのシステム手帳、もう在庫があまりありませんので、欲しい人は早めにお店に注文しておいた方がよいです。もうできないそうなので。
(おわり)

今使っているノート~スタッフKの場合~

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毎日暑い日が続いてますね。最近は「熱い」という表記でも間違いではない気がします。

さて、今月のテーマは「今使っているノート」。

私の場合、今までいいなあと思った事や勉強したことなどを色々書き留めたりしていましたが、結局そのまま放置されていました。なぜ活かされてなかったかを考えると、おそらく「検索が出来なかったから」に尽きると思うのです。その時々で、手近にある紙に書いていれば当然ですよね。

そこで最近改めてしているのが、「サイズの統一化」です。

テーマもバラバラで数が多いことを考えると、きっとリング式がいいだろう。でも1つの項目につきA5だと小さいしA4は大きい気がする。

という訳で、B5ルーズリーフを引っ張り出しました。

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久しぶりのルーズリーフ!見出しは100円ショップで見つけたB5E・2穴の5山インデックスの横に専用パンチで26穴を開けました。どうしても上にインデックスが欲しかったんですよね。横だとすぐに傷むから。(このタイプは少量ではあまり売ってないんです)

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右上が書いてそのままにしていたものたちで、綴じてあるのが書きなおしたもの。

書きなおしながら、これはもういいや、という情報は捨てていきます。数年前、数か月前でも結構あるのが不思議。

あとは私の手書き師匠の真似をして、足す度にページ数を振り、最初のページにインデックスをつければ完璧。

バラバラのサイズで、読みにくい走り書きもあったりすると不便だけど、統一規格にきちっと書けばこれはいい感じです。(見栄え優先で、略字はできるだけ使わないように心掛けたりしています)

そしてもう1冊は対極にあるこの綴じノート。これはかなり昔に紹介したと思いますが、健康オタクの私にピッタリの用途で使っています。

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使っているのはかの大和出版印刷さんの「上製本ノート」!!

これはもうどうしても欲しくて買って、絶対何度も読み返す内容のために使いたいと思って「健康に関する情報」を集めたのです。この厚み、紙の手触り、書き心地、どれもお気に入りです。インクをしっかり受け止めてくれて、裏にも抜けず紙がよれることもない。

限定製作のノートだからなくなってしまったら終了だけど、あるうちにもう1冊買って、並べてみたい。

ノートを使うと、生活がちょっと豊かになった気がするのでした。 

今使っているノート

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今月のテーマは、今「使っているノート」です。各人が今愛用しているノートについて語ります。それぞれが書くことにはそれなりのこだわりを持っていますので、なかなか楽しみな企画です。

 

仕事柄という理由をつけて、好奇心から様々なノートを使っている。

メモ帳の類は最後まで使い切ることができるけれど、ノートはなかなか最後まで使い切ることができません。

ダイアリーも同様で、オリジナルダイアリーは常に使っているけれど、システム手帳やフランクリンプランナーなど本当に様々なものを使ってきた。

今まで使ってきたものの中にはこれで完璧だと思ったものもいくつかあって、私の根気があって、いろいろと入ってくる情報がなければ統一されたフォーマットで25年間の行動記録が出来上がっていたとは思います。

何せかくことだけはずっと止めずにきて、何かに書き続けてきました。

いろんなものを使ってみて、書いてきて思ったことは、自分に合ったダイアリーは11ページだったということでした。

予定がたくさん入ったり、分刻みで行動しているわけではないけれど、11ページの大きな紙面がどうしても必要なのは、その日の形を書きたいと思っているからです。

毎日店にはお客様が来て下さり、いつも美しい光景がある。

その11日を記録しておきたいと思っています。

休日だけその行動記録を書いている小さなノートがあります。

はじめ休日も時間の意識を持って、流されずに行動したいと思って書き始めたものでしたが、何年か継続すると記録として大変役に立つことが分かりました。

1日に小さな紙面の1ページをあてて、時間、場所、内容を箇条書きで書いているだけだけど、これからも続けていきたいと思っています。

ちょうど次の休みで1冊使い切りますので、次のものに替えるつもりでいます。

こういう休日限定というふうに、用途を限定するとノートは使い切ることができるのかもしれない。

考えてみると万年筆も、用途を決めると使わなくなることがなくなるので、道具とはそういうもので、同じことなのかもしれません。

書くことが好きな限り、これからもいろんなものを使うだろうと思っています。

万年筆もそうですが、ノートにも何か自分を変えてくれるようなところがあって、それが次々と違うものを使いたいと思う理由なのだと思っています。(Y )

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家族旅行の思い出

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私の家はわりと頻繁に家族旅行に行っていたように思います.

白浜,金沢,広島,九州,名古屋,伊勢,那智の滝,長野などなど...子供の頃はとにかくいろんな場所に家族旅行に行った思い出があります.

その中でも一番楽しかったような気がするのが,九州一周旅行です.九州へは自家用車を積んでフェリーで行きました.奈良から大阪に出て博多へ.その時私は小学6年くらいだったような(旅行のために学校を1週間休みました...これだけは覚えている.),うーんほかはあまりよく覚えていない.初めてのフェリーでの宿泊にドキドキ.船の中に旅館みたいな部屋があってそこで一泊しました.

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 博多,由布院,阿蘇山,桜島,長崎,博多の順番に回ったと記憶しています.

しかしながら,ほとんど何も記憶に残っていません.

覚えていることを羅列すると....
阿蘇山で初めて茶色の牛を見て「牛乳石鹸の柄の牛じゃない!」と驚き,桜島は噴火していたので近寄ることができず残念に思い.オランダ村ではよくわからないガラズ細工のお土産を買いました.また,博多の印象は都会だな~というくらい.

吉田山.png
 
いろんなところに旅行に連れってもらったけれど,あまり覚えていないのが残念というか,親に申し訳ないというか.

正直いって,旅行を含めて他のことに関しても,私は子供時代の記憶があまりありません.ただなんとなく生きていただけでした.何故か受験もしないのに学習塾に週3で通ったり,習い事もそれなりにしましたが,自分の意志がないので身につかずじまいでした.ただ記憶にあるのは,幼なじみと毎日ふざけていたことくらい.いつも登下校中にかくれんぼをしていたので,なかなか目的地(家や学校)に着かず,先生や親に捜索されたりしました.こんなアホな児童だったので,いまになって親から聞いた話によると,中学受験組の親からは近づくとアホが伝染りそう~と嫌われていたらしい(笑).

記憶にあるのは高校生くらいからだろうか.その頃になると,意志がはっきりして,目的にもとづいて行動するようになったような.(でも毎日ゲームをして遊んでいたけれど.)高校の頃から今の職に就きたいと思っていて,学部選びも偏差値ではなく,自分の興味の分野に即しているかどうかについて慎重に判断して決めました.そのおかげで学部時代はとても楽しかったし,有意義なものでした.

旅行の思い出からかなり逸れましたね.親としては多くの体験をさせようと様々な場所に連れて行ったのでしょう...しかし,効果は無かったようです.残念.

今回は何を言いたいかわからない記事ですがこの辺で,終了.

では,また.

家族旅行の思い出~S等氏の場合~

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子供の頃、家族とどこかに出かけた事はあるけど、あまり記憶に残るようなものはありません。
強いて言うなら、小学校4年の時に親戚のおじさんが結婚(再婚です)して、なぜかその叔父一家と一緒に丹後後半島に行った事は憶えています。


当時丹後半島はよく怪獣が出没し、海上自衛隊と戦っているような日々でした。
親戚の叔父は一応生物学者的な人で新種のクラゲを発見したりした事もあります。
ですので本来は生物に詳しいはずでした。
しかし、彼の化けの皮がはがれるのは時間の問題でした。
そもそも彼の間違いは、当時小学校4年で既に水泳クラブに何年も所属し、海の泳ぎも一人前であった私を軽く見た事が原因かも知れません。
彼はその日、太陽でさえも熱くスタバで抹茶パフェを頼みにいこうかと思うような午後1時に、自分は海に詳しいので少し遠洋まで出かけると言い出しました。
私は彼についていきました。
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彼は浜辺から15メートルくらいで泳ぐの止め、私にそこで待つように言い、そこから素潜りで5メートル下に潜りました。
しばらくして水面に上がってきて、彼は言いました。「下に大きなタコがいるので槍で突いて捕まえる」と。
私はただ彼が再び潜っていくのも見てしばらく待っていました。

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そしたら彼が再び水面に上がってきて言いました。岩場に槍が引っかかり取れなくなったから諦めると。
そしてそのまま新婚夫人の待つ浜へ引き返しました。
ところで当時の私は素潜りが得意でした。スイミングスクールの練習用のプールではよく25メートルまで潜って泳ぎ、そのままターンして大体45メトールくらいまで潜ったままで泳ぎ、コーチによく怒られていました。
ですので水深5メートルは、海という条件、また水平ではなく垂直に潜るというコツは必要でしたが、自分の許容範囲でした。
私は人生初の現場検分をしにタコ殺未遂事件の現場に向かいました。
そこで見たのは次のものです。
① タコはいた。しかしそれは5センチくらいだった。
② 岩場に凶器の銛はなかった。
③ 銛はタコの胴体にささっていた。
④ タコは平然と生きており、怒っていた。
経験のある人ならわかると思いますが、タコは脊髄をささないと死なないので、それ以外だと平然と生きており、吸盤は岩から離れないです。
例え5センチのタコでもその吸盤の力はとても凄く大人でも引きはがす事は無理です。
結局叔父は5センチのタコに戦いを挑み、間違ったところを銛を刺してしまい銛をタコにとられたということです。

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この敗北について、私は浜に帰ってから子供特有の無邪気さで、新婚の嫁の前ですべての真実を語り、彼のプライドを散々引き裂いた事は、私を知る人でしたら容易に想像がつくと思います。

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