ハドソン河を挟んだ対岸、朝靄に包まれたマンハッタンを見ながら、ボンクはいつもオレンジのシャツを着ている木工家に作ってもらった「ラボデスク」で、頭の中に浮かんだアイデアをノートにまとめていました。
この机が届いてからボンクの朝は早く、5時には起床しベッドの横に置かれた机で新聞に目を通しながら朝食を食べ、食後のコーヒーを飲みながらこの机に合う自分たちが使いたいと思う机上用品を考えるのが日課になっていました。
良いアイデアが浮かぶと、ボンクはすぐに最近絵がとても上手くなったトロンコに電話してスケッチを描いてもらい、徐々に形にしていく共同作業が続きました。
この机で考えていると次から次へとアイデアが出てきます。
実用的なモノ、そうでないモノ、バカバカしいモノ、できるわけがないモノ・・・
次から次へとアイデアが出てくるボンクですが、行き詰まるときもあります。
そんな時はもう一つの「ライティングデスク(ボンクにとっては遊び机)」の方で何も考えずに気が済むまでひたすら遊びます。
この机は、天板をスライドしてひっくり返すことができ、その下には大きな収納スペースがあります。その収納スペースは誰も見つけることが出来ないボンクの宝箱になっていて、ボンクが選りすぐったモノたちの秘密基地になっています。
数ある中でも特に大切な万年筆やその他の筆記用具、腕時計、革小物、シルバーのアクセサリー、家族や大切な人の写真、手紙など。
さらに革のメンテナンス用品がぎっしり並べられ、何時間も万年筆の手入れや並び替え、インクの入れ替えをしたりします。時にはひたすら靴や鞄を磨いたり、何時間もカメラやレンズの手入れをしたり、腕時計を眺めたり、ただ机の向こうにに見えるマンハッタンを眺めたり。
家にいる時は大半の時間をこの机で過ごしていました。
トロンコはこの机をどんなふうに使っているのだろうか?どんなモノたちを入れているのだろうか?ボンクはとても気になっています。昔一緒に旅をしていた時に、トロンコの鞄の中に入っているモノや使っているモノが気になっていたように。
何かの作業をしたり、趣味を楽しんだりするだけではなく、色々なことを想像させてくれる机。まさにトロンコとボンクが思い描いていた理想とするモノそのままが形になったのです。
満足感を味わえ、人に伝えたいと思うモノ作りができた二人はたくさんのアイデアを出し合いました。
その中にボンクが前からとても気になっていて、ボンクも使いたいとずっと思っていたモノがありました。
それはトロンコが普段何気に使っているトロンコお手製のメモ帳でした。
新聞の折り込みチラシの裏の白紙を利用したメモ帳で、いらない紙を適当な大きさに切り上部にパンチ穴を開け、それを同じサイズにカットした切りっぱなしの革(使わなくなった革製品の再利用)で挟み、革ひもで綴じるというなんとも簡単な手作り感丸出しのメモ帳でしたが、トロンコが事あるごとに取り出して使っている姿が何故かかっこよく見えたのです。
トロンコと旅をしていた時に何十回もその姿を見ていましたが、何十回もかっこよかったのです。(もちろんかっこよいのはトロンコではなくメモ帳です)
二人はこの簡単な仕様のメモ帳を真剣に作ることにしました。
まずは紙選び。トロンコが以前神戸で見つけたダイアリーを作っている印刷会社の人に相談にのってもらうために、二人は再び神戸へ向かいました。
印刷会社の方との打ち合わせ場所は・・・そう、あの女店主のペンショップです。
女店主はすらっとしていて一見優しそうに見えますが、なぜかトロンコとボンクには厳しく二人は行く度にいつも怒られていました。なぜ怒られるのか二人には全く分からないのですが、たぶんお腹が空いているためだろうと二人は勝手に思っていました。それでも女店主は怒りながらも適格なアドバイスをしてくれるので、ペンショップは二人にとって居心地の良い場所でもありました。
そんな居心地の良い場所で印刷会社の人との打ち合わせが始まりました。
二人が作りたいモノを伝えたところ印刷会社の方はすぐにピッタリの紙を用意してくれました。
それはヤレ紙というもので、印刷する時に何らかのトラブルで製品に出来なくなってしまった紙のことだそうで、メモ用紙には十分でした。
しかもヤレ紙は、できるたびに色や紙質が変わる楽しみがあります。青い紙になったりピンクの紙になったり、二人は想像するだけでワクワクしました。
紙が決まり次はメインの革選びです。二人のモノ作りはモノ自体に「色っぽさ」を出すことをひとつのテーマにしており、二人は知り合いの革屋さんにとにかく色っぽい革を用意してほしいとお願いしていました。そして革屋さんが用意してくれた革は、二人が想像してた以上の革だったのです。
メモの台になる下側の厚みのある革は油分をふんだんに含んでいて独特の光沢を放ち、表紙に使う上側の革はいつまでも触っていたくなる柔らかく手触りの良い革でした。
トロンコとボンクはたくさんのアイデアの中のいくつかを、これらの素材を選んでくれた人たちと一緒にモノ作りをしたいと思い、しばらくの間神戸の街に滞在することにしました。
木について語り出すと止まらない木工作家が二人の理想を形にした机に続き、ヤレ紙を提案してくれた紙のプロと40数年いろいろな革を見続けてきた革のプロに助けてもらい、二人が本当に使いたいと思って作ったメモ帳が間もなく二人の元に届きます。
クリスマスはそこまでやって来ています。色とりどりの光で飾られた神戸の街。
トロンコの住むイギリスの田舎町のクリスマスはとてもきれいです。
ボンクの住む街ウエストニューヨークのクリスマスもとてもきれいです。
トロンコとボンクは今まで世界中を旅し、いろいろな街のクリスマスを見てきましたが、ボンクには今目の前に広がる神戸の街のクリスマスが世界中のどの街のクリスマスよりもきれいに映っていました。
トロンコにも同じ様に映っているのだろうか?
たぶんそんなことは考えていないだろうなと隣でとぼけた顔をしているトロンコを見てボンクは思ったのでした。
まぁ、いいっか・・・
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