2012年10月アーカイブ

バーにて〜靴談義

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ある日尾道のいつものバーで、マスターとボンクそして靴が好きな数人のお客さんとで靴談義が始まりました。特にオールデンの話はとても盛り上がりました。
コードヴァンのチャッカーブーツとジョージブーツを日によって履き分けているいるマスター、ラルフローレンのスーツにコードヴァンのサドルシューズを合わせている仕事帰りのお客さん、タンカーブーツを革違いや色違いでコレクションしているお客さんなど。

1884年にマサチューセッツ州のミドルボロウにALDEN氏によって設立されたのがオールデンです。
足に優しい靴という考えのもとで作られており、革靴であっても履きやすさは抜群です。
靴の形だけではなく、素材にもこだわりが現れています。中でも農耕馬の尻の革を使ったコードヴァンは、オールデンの代表作でオールデンといえばコードヴァンというイメージがあるほどです。
ボンクが靴に興味を持ったのが15年ほど前、当時勤めていた会社の上司のすすめで買ったコードヴァンのVチップからでした。
上司「この靴はとにかく良いぞ」
ボンク「・・・」
ボンクにはその言葉の意味もその靴の良さも全くわかりませんでした。
それからボンクは上司の影響もあり、いろいろな靴を履きました。
OFFの日にカジュアルな服装に合わすオールデンはじめアメリカのメーカーの靴、仕事の時やOFFの時でもきれいめな服装に合わせるヨーロッパのメーカーの靴。
 
その後ボンクは会社を辞め独立しました。
独立してからはスーツを着る機会も年に数回になり、それに合わせて履く靴も限定されてきました。
古着のデニムなどカジュアルな服装からきれいめな服装まで幅広いスタイルに合う靴、歩き回っても楽な靴、取扱い(傷など)に神経質にならなくてよい靴、そして履くことが楽しくなる靴。
 
歩き回っても楽な靴・・・
一見するとコードヴァンはとても硬そうに見えますが、実際に履いてみると硬さはそれほど感じられません。そして徐々に足に馴染んできます。(ボンクの足にこの靴のラストが合っているというのもありますが)
   
取扱い(傷など)に神経質にならなくてよい靴・・・
コードヴァンには欠点と言われることがいくつかあります。まず水に弱いということ。
基本的に革素材は水に弱く、雨に濡れるとシミができてしまうことがあります。
特にコードヴァンは雨に濡れてしまうと、その部分が火ふくれしたようになってしまいます。雨の日にはコードヴァンは履かないという人も多いようです。
 
そして、色落ちがしやすいというのもコードヴァンの特徴です。元々染色しにくい素材であるコードヴァンは一足の靴でもムラがあったり、色合いが違ったりします。
綺麗に均一に染まると言うことが少なく、他の革が一度染まった色がすぐ落ちないのに比べて色落ちがしやすいです。
またコードヴァンは繊細な素材であるため仕方がないのですが他の革に比べると傷がつきやすいという欠点もあります。
欠点だけ聞けば履くことをためらってしまう靴ですが、アフターケアさえきちんとしておけばシミもおさえられますし、良く言えば、傷も色落ちも履き皺も、履けば履くほど自分だけの一足になります。
 
ボンクは雨の日でも砂利道でも気にせずガンガン履き、手入れをしながら他の革では表現できないコードヴァンだからこそできる、濡れたような艶と傷や履き皺とが醸し出す独特な雰囲気を楽しんでいます。
 
たくさんの靴を、いろいろな場所(ホテルなど室内のカーペットからアスファルト、砂利道)で、いろいろなスタイル(カジュアルな服装からフォーマルな服装)で、いろいろな状況(全天候)で履いて、上司の言葉「この靴はとにかく良いぞ」の意味がわかったような気がしています。
 
 
 
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目に見えない階級

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ボンクから尾道に来ないかと誘われた時、焼き物の町を出て、岡山の街に来ていました。

ボンクが日本にいるのは知っていましたが、まさかそんな近くにいるとは思いませんでした。

すぐに尾道に行ってボンクに会いたいけれど、まず岡山を見てからにしようと岡山駅を降りたのです。

ヨーロッパの都市にはよくありますが、日本ではあまり目にすることのない路面電車がこの街には走っています。

岡山の駅から路面電車に乗りました。

 

昼間の路面電車はお年寄りや高校生たちが数人乗っているだけで、どこかのんびりした、懐かしいような和やかな気持ちになります。

線路が90度右に曲がったところでトロンコは路面電車を降りました。

この街一番の繁華街と観光地のある電停で、トロンコはまず後楽園をブラブラと散歩しました。

整備された庭園内は、入念に手が入っていて、様々な日本的な美意識がいたるところで見られます。

こういう空間の演出と陶芸家のところで見た伝統工芸の品を結ぶものは、茶道であるのではないかということをトロンコは日本に来る途中に読んだ柳宗悦の本で感じていました。

柳宗悦の本を読むうちに自分のものの好みと合うような気がして、強く共感していました。

ただ柳宗悦の茶の精神と備前焼は合致しますが、手が入りすぎている美しすぎる庭園とは相容れないものなのではないかとも思いました。

日本には西洋文化には見られない美を表現する言葉として、「渋い」という言葉がありますが、備前焼の素材感むき出しの風情はまさにそれだと思いました。

それに対して、こういった庭園の美はもっと人工的な感性と技術が込められている。

それは本当に好みであるし、素材感むき出しのものでも、そう見せるために涙ぐましく手がいれられているものもあります。

トロンコはこの日本でこれからいくつの「渋い」を見つけることができるだろうか。

すぐ近くの岡山城の天守閣に上がり、この街を高い所から見していました。

70万人ほどの人口のこの街は町と田舎が適度に混ざり合って、いつまでも情感をこめて見ることができる。

この街にもたくさんの人が住んでいて、それぞれの人生を送っている。

そしてそれは世界中にあって、人それぞれ生き方があり、それは皆自分のものであり、他の誰のものでもない。

美しく和やかな岡山の街を見ながらトロンコは自分の国にある目に見えない階級について考えました。

身分制度が根強く残る国も世界の中にはまだまだあって、下層にいる人がそこから抜け出すのは本当に稀で、ほとんどの人が自分の境遇に諦めざるを得ません。

身分制度は存在しないけれど、トロンコの国にも人間の階級は存在し、多くの人がその中から出ることなく生きている。

なぜ階級は存在し、自分の意思とは関係なくそこに身を置く者はなぜ抜け出すことができないのか。

トロンコの国では、卒業した学校によって就職できるところが決まってしまいます。

収入の多い会社などに就職できる学校に入るには当然成績が良くなければならず、勉強があまり得意でない人はそこからあぶれてしまいます。

もちろん勉強の難しい学校に入っても、就職に恵まれない人もいるし、収入の多い職についたからといってそれが幸せだとは決めることはできませんが、職に就いた時点で、目に見えない階級に分かれていってしまう。

下の階級に属すると少ない休みで、1日中仕事をしても、同世代の平均収入の3分の一しか得られず、そこから抜け出したいと思っても、お金も時間もないので抜け出すことは容易ではありません。

もちろん収入が多いから幸せになれるわけではないけれど、収入が少なく、自分一人が生きているのもやっとで、家族を養うこともできないのは、あまりにも生き方の選択肢が少な過ぎると思うのです。

強いビジョンと努力が必要になるか、余程の強運の持ち主でないと生涯その階級の中で生きていかなければならない。

国や世間の尺度に則って生きていこうとすると勉強ができるかできないか、学校の成績が良いか悪いかで振り分けられてしまう。

もし勉強が苦手だと思った人は、その尺度から外れた生き方をした方がいいと、トロンコは思いました。

会社に入って仕事をするという考え方を捨てて、自分がやりたいと思うことを見つけて、それで生きていくことができるようにする。

ボンクや木工家、クアドリフォリオのご夫妻たちは現にそんな生き方をして幸せそうだ。

確かに組織に守られたり、給料の保障された休日などはありませんが、誰にも頼らないと覚悟を決めるとこれほどストレスのない生き方はないのかもしれません。

学校に行って、良い成績を修めて、良い大学に行って、大きな会社に入るという誰も走ろうとするレールに皆が乗らなくてもいいと思います。

そのレールの上以外にも生きていくことができる道はたくさんあって、そちらの方が合っている人も必ずいるはずで、大切なのは自分オリジナルの生き方なのだとトロンコは思うのでした。

岡山を出たトロンコは、ボンクの待つ尾道に向かう電車に乗り込みました。

 

 

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バーにて

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尾道に滞在して3週間がたちました。ボンクは相変わらず民宿のマスターや彼の友人たちと、ほぼ毎晩尾道の飲食街に繰り出しています。

 

最近ボンクは皆と食事をしたあと、尾道から少し離れた場所に在るバーに通っています。

バーのマスターは元外国航路の船乗りで、店内は船のブリッジの中をイメージして造られています。

こじんまりとした店内には、所々にセンス良く飾られているマスターが船乗り時代に船上から撮った世界中の港や海の風景写真、チャート(海図)テーブルを利用したバーカウンター、カウンターに敷かれたチャート(航海用海図)、チャートの上に置かれている井上式三角定規(船乗りが使う三角定規)とデバイダーに鉛筆と消しゴム、本棚には気象海象などの航海用資料、チャートテーブルを照らす少し暗めの照明。

このバーに入ると、これから自分が夜間航海のワッチ(当直)に入るような気分になり、お酒で酔うよりも先に雰囲気に酔ってしまいそうになります。

マスター自慢のバーカウンターは、実際に大型船で使われていた奥行がありとても広いチャートテーブルをいくつか横に並べカウンターにしています。チャートテーブルの下側は何段ものチャートを入れる引き出しが付いていて、引き出しの中には世界中のチャートが入っています。そしてテーブルにはマスターが船乗り時代に実際に自分の手でコースライン(針路)や船位を測った印を書き込んだチャートが敷かれています。

40代後半のマスターは初めて店に入ってきて興味津々に店内を見渡すボンクに、柔らかい口調で冗談も交えながら店内のこだわりのモノを一つ一つ説明してくれました。

 

中でもボンクが一番興味を持ったのは、マスターが鉛筆削りに使っているナイフと、とてもきれいに削られた三菱の鉛筆でした。

鉛筆の究極は「6Bの黒さで9Hの硬さで滑らか」なものだそうです。

つまり、深みのあるしっかりとした黒色と折れにくい硬い芯を両立させ、且つ滑らかな書き心地のもの。これを作ることはとても難しいことなのだそうです。三菱鉛筆社はこの究極を追求し、究極に限りなく近い製品を生み出した数少ない会社の1つなのだそうです。

海図にコースライン(針路)や船位を書き込む時は基本鉛筆を使い、はっきりとしたラインや数字を入れる。荒天航海で横揺れが激しい時には必ず転がってテーブルから落ちる。 滑らかにはっきり書け、且つ強く、ストレスなく使える鉛筆が三菱だったそうです。

 

そしてよく使いこまれたナイフ。マスターが使っているナイフはDOUKDOUKというフランスのもので日本の肥後守と構造もデザインもそっくりです。どちらが先なのかはわからないそうですが100年前から構造も変わらずフランス軍にも採用されているそうです。

ボンクはこのバーでマスターとの会話を楽しみながら「レッドアイ」「ホルステン」「コロナ」を順番に飲み一日の終わりを過ごしています。

そして行くたびにマスターの使いこまれたナイフや鉛筆を見ながら次のものづくりを考えています。

 

よし、トロンコを尾道に呼ぼう!

 

 

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価値のあるもの

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ボンクがしばらくの間、寅さんのように日本で瘋癲旅をしたいということを日本からの手紙で知ったトロンコは、自身の仕事も兼ねて日本に行ってみようと思いました。

いつものトランクに着替えなどの旅の装備と、メモ用紙をいっぱいに綴じたメモノート、そして3本の万年筆。ペリカンM1000、アウロラ88そして手帳用のオマスミロード。

そして旅に出る時に忘れてはならないものが本です。
その時気に入っている作家の、旅に関する本をトロンコは持って出るようにしています。
トロンコが最近気に入っているのは、日本の中堅的な大物小説家、伊集院静です。
トロンコは伊集院静の文章がとても好きでした。
たくさんの小説を書き、多くの読者を持つ大作家であるにも関わらず、とても人間臭く、自分の弱さやだらしなさを隠さない。
でも他人に向けられる目は優しく、弱い心や矛盾した行動にも理解を示す。
その文章からトロンコは男らしさを感じたし、あんな風に他人への思いやりを持つ人になりたいと思いました。
文体は飾り気や気取りがなく、親戚の伯父さんと話しているようです。
伊集院静の旅行記を携えてトロンコは旅立ちました。

トロンコが日本でまず訪ねてみようと思ったのは、以前とてもお世話になった備前焼の陶芸家でした。
1日飛行機に乗って関西国際空港に降り、さらに長時間バスと電車に乗り、備前片上という備前焼一色の駅に降り立ちました。
この山間の、でも湾が入り込んでいる不思議な地形の町にはたくさんの陶工たちが大勢いて、しのぎを削り合っています。
トロンコが訪ねた陶芸家も中堅と言える世代だけど、その中に埋もれないように努力していると聞いています。
タクシーに乗ったり、村の人に聞いたりして、トロンコはやっと陶芸家の家にたどり着きました。

遠い国から来たトロンコに、出てきてくれた陶芸家の奥さんは驚いて家で休むように言ってくれましたが、すぐに会いたいと言うと、今陶芸家が窯入れをしている登り窯への道順を教えてくれました。
登り窯は村外れの全く人気のない、草を分け入ったようなところにありました。

山の中に突然トロンコが現れたので陶芸家は驚いていたけれど、再会をとても喜んでくれました。
トロンコが自分の仕事を始める直前に出会って、一人で仕事をしていくことの心構えを教えてくれたのはたった5年前だけど、トロンコはもっと前のことのように感じられました。
そして1週間は薪をくべながら焚き続けなければならない窯入れにトロンコも一晩だけ付き合いました。
登り窯の口から中に薪を入れる陶芸家の後ろ姿を見ながら、トロンコは物作りの原点を見て、自分たちの生活はいつからたくさんのどうでもよいものに囲まれるようになってしまったのかと思いました。

たくさんのものを欲しがるから、少しでも安いものが必要になって、愛着の持てないものを手に入れるようになる。
生産者は手間ひまかけて作った、どうしても値段が高くなってしまうものが売れないから、安い値段でたくさんの数ができるものを世の中に出す。
それらは同じ用途のもので、その機能はどちらも満たすけれど、使う人に及ぼす心の作用は全く違っている。
数は少なくても、陶芸家が焼き上げる備前焼のようなもの、ひとつひとつのものに愛着が持てるものをどうせ持つのなら持ちたいと、トロンコは思いました。
でも世界の物作りは、少しでも値段の安い大量生産に向いて久しい。
一部の人は既に思い始めている、たくさんは持たなくてもいいから愛着の持てるものを持ちたいという要求に、今応えることができるのだろうか?
以前のように手間ひまかけたものを作るやり方に戻ることができるのだろうか?
きっと戻ることはできなくて、現在の物が売れない状態になっているのではないかと、トロンコは思うのでした。

山奥でひとつひとつの器を焼き上げる陶芸家の大きな背中をトロンコはその目に焼き付け、次の町に旅立ちました

 

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素敵な酒場

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日本に入国して10日が経ちました。ボンクはなぜか尾道という街ににいます。東京から汽車を乗り継ぎ、安宿に泊まりながらたどり着きました。

 

尾道に来た目的は特になく、東京でたまたま乗った汽車が西の方へ行く汽車で、なんとなく西へ向かって乗り継ぎ、なんとなく降りたところが造船の街、尾道でした。ボンクの旅はいつも目的がありません。訪れる先々で街の雰囲気が気に入れば写真を撮りながらしばらく滞在します。

 

尾道は今日で5日目です。たまたま泊まった民宿の主人と気が合い、主人の仕事が一段落した夜遅くから尾道のこじんまりとした飲食街(飲み屋街)に繰り出します。
たいていの町には飲食街があります。飲食街の規模が大きくなればなるほど人も多くなり、都会のように大きな繁華街になり過ぎると、お客さんを確保するために次から次へと新しいサービスが生まれ、お店も街も様変わりしていき風情がなくなっていきます。また、人が少なすぎると店が少なくてつまらない。

 

繁華街になり過ぎずそれでいて密度が濃い、ボンクが感じた尾道の飲食街(飲み屋街)の印象です。

道なのか、ただの店の裏なのかわからないくらいの細い道が迷路のように入り組んでいて、この先に何があるのか確かめたくなり奥へ奥へと進んで行く。

何十年も続いているお店も多く、凝った造りのテラスが付いた古びたスナックや、緑やオレンジの妖しい光を放つ古びた看板。昔ながら花街の風情が残っています。

 

また、造船の街でもあり、カウンターの向こうに各国の洋酒が所狭しと並んでいるバーでは、世界中を航海する大型船の船員、地元の小さな漁船の船員、造船所で働く人達との会話を楽しむこともできます。

ボンクは民宿の主人に初めて連れてきてもらってから、この酒場の雰囲気がとても好きになりました。

この酒場のデザインの一部でもある、テラスをもつ古びたスナックや、妖しい光を放つ古びた看板も妙な美しさがあります。

 

ボンクは尾道にしばらく滞在することにしました。この酒場で働く人たちやお酒を飲みにくる人たちと交流しながらたくさんの写真を撮ろう思っています。

 

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