目に見えない階級

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ボンクから尾道に来ないかと誘われた時、焼き物の町を出て、岡山の街に来ていました。

ボンクが日本にいるのは知っていましたが、まさかそんな近くにいるとは思いませんでした。

すぐに尾道に行ってボンクに会いたいけれど、まず岡山を見てからにしようと岡山駅を降りたのです。

ヨーロッパの都市にはよくありますが、日本ではあまり目にすることのない路面電車がこの街には走っています。

岡山の駅から路面電車に乗りました。

 

昼間の路面電車はお年寄りや高校生たちが数人乗っているだけで、どこかのんびりした、懐かしいような和やかな気持ちになります。

線路が90度右に曲がったところでトロンコは路面電車を降りました。

この街一番の繁華街と観光地のある電停で、トロンコはまず後楽園をブラブラと散歩しました。

整備された庭園内は、入念に手が入っていて、様々な日本的な美意識がいたるところで見られます。

こういう空間の演出と陶芸家のところで見た伝統工芸の品を結ぶものは、茶道であるのではないかということをトロンコは日本に来る途中に読んだ柳宗悦の本で感じていました。

柳宗悦の本を読むうちに自分のものの好みと合うような気がして、強く共感していました。

ただ柳宗悦の茶の精神と備前焼は合致しますが、手が入りすぎている美しすぎる庭園とは相容れないものなのではないかとも思いました。

日本には西洋文化には見られない美を表現する言葉として、「渋い」という言葉がありますが、備前焼の素材感むき出しの風情はまさにそれだと思いました。

それに対して、こういった庭園の美はもっと人工的な感性と技術が込められている。

それは本当に好みであるし、素材感むき出しのものでも、そう見せるために涙ぐましく手がいれられているものもあります。

トロンコはこの日本でこれからいくつの「渋い」を見つけることができるだろうか。

すぐ近くの岡山城の天守閣に上がり、この街を高い所から見していました。

70万人ほどの人口のこの街は町と田舎が適度に混ざり合って、いつまでも情感をこめて見ることができる。

この街にもたくさんの人が住んでいて、それぞれの人生を送っている。

そしてそれは世界中にあって、人それぞれ生き方があり、それは皆自分のものであり、他の誰のものでもない。

美しく和やかな岡山の街を見ながらトロンコは自分の国にある目に見えない階級について考えました。

身分制度が根強く残る国も世界の中にはまだまだあって、下層にいる人がそこから抜け出すのは本当に稀で、ほとんどの人が自分の境遇に諦めざるを得ません。

身分制度は存在しないけれど、トロンコの国にも人間の階級は存在し、多くの人がその中から出ることなく生きている。

なぜ階級は存在し、自分の意思とは関係なくそこに身を置く者はなぜ抜け出すことができないのか。

トロンコの国では、卒業した学校によって就職できるところが決まってしまいます。

収入の多い会社などに就職できる学校に入るには当然成績が良くなければならず、勉強があまり得意でない人はそこからあぶれてしまいます。

もちろん勉強の難しい学校に入っても、就職に恵まれない人もいるし、収入の多い職についたからといってそれが幸せだとは決めることはできませんが、職に就いた時点で、目に見えない階級に分かれていってしまう。

下の階級に属すると少ない休みで、1日中仕事をしても、同世代の平均収入の3分の一しか得られず、そこから抜け出したいと思っても、お金も時間もないので抜け出すことは容易ではありません。

もちろん収入が多いから幸せになれるわけではないけれど、収入が少なく、自分一人が生きているのもやっとで、家族を養うこともできないのは、あまりにも生き方の選択肢が少な過ぎると思うのです。

強いビジョンと努力が必要になるか、余程の強運の持ち主でないと生涯その階級の中で生きていかなければならない。

国や世間の尺度に則って生きていこうとすると勉強ができるかできないか、学校の成績が良いか悪いかで振り分けられてしまう。

もし勉強が苦手だと思った人は、その尺度から外れた生き方をした方がいいと、トロンコは思いました。

会社に入って仕事をするという考え方を捨てて、自分がやりたいと思うことを見つけて、それで生きていくことができるようにする。

ボンクや木工家、クアドリフォリオのご夫妻たちは現にそんな生き方をして幸せそうだ。

確かに組織に守られたり、給料の保障された休日などはありませんが、誰にも頼らないと覚悟を決めるとこれほどストレスのない生き方はないのかもしれません。

学校に行って、良い成績を修めて、良い大学に行って、大きな会社に入るという誰も走ろうとするレールに皆が乗らなくてもいいと思います。

そのレールの上以外にも生きていくことができる道はたくさんあって、そちらの方が合っている人も必ずいるはずで、大切なのは自分オリジナルの生き方なのだとトロンコは思うのでした。

岡山を出たトロンコは、ボンクの待つ尾道に向かう電車に乗り込みました。

 

 

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このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2012年10月23日 13:40に書いたブログ記事です。

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