旅先では人生を変えるようなものは見つからないと、トロンコはいつも思っていました。
でもほんの数日間の旅が人生の宝物とも言える大切な思い出になり得ることも知っていました。
トロンコがとても大切にしていて、いつも思い出す旅の思い出があります。
仕事仲間4人で行ったヨーロッパ旅行でした。
もう一度同じメンバー、同じ日程で旅に出たとしても、あんなに楽しくて、得るものがある旅をすることはできないのではないかと思える、本当に神かかったような数日間だったと思います。
それまでトロンコはたった数日間の旅のために1ヶ月以上も前から準備するのが無駄に感じていました。
でも短い旅が一生大切にできる思い出になることを知ってからは、旅の準備を大切にするようになりました。
この町を旅行で訪れる人にも、そんな楽しい旅をしてもらいたいとトロンコは思います。
町の人たちも本が売れて、二人が話題になったことを知っていました。
汽車を降りたトロンコとボンクが町の通りを通った時、皆が声を掛けてくれて、本が売れたことを喜んでくれました。
二人は本を作ることができたのは、町の人たちが協力してくれたおかげだと分っていましたので、町の人一人一人にお礼を言いました。
二人はとても幸せな気分だったし、町の人たちも自分たちの町の人が有名になったことを自分のことのように喜んでいました。
そして、本によって多くの人がこの町のことを知ってくれたらいいと誰もが思いました。
久し振りに町に戻ってきたトロンコとボンクはこの静かで美しい町を慈しむように、周りの景色を感じながら歩きました。
二人とも黙っていたけれど、お互いがどんな気持ちなのかは分っていました。
少し離れただけだけど、町がとても懐かしい。やはりこの町は都会と全く違っています。
人は少ないけれど、誰もが穏やかで、自然が美しく、気持ちが安らぎます。
自分たちが書いた本の効果がどれくらいあるか分らないけれど、町に住む人たちがここで生きていくことができるようにと思って書いた本なので、町に何か良い変化をもたらしてくれたらいいと思いました。
実は二人とも心のどこかで、この美しく平和な町に変わって欲しくないと思っていたのですが、それは二人が他所から来た人で、それぞれ自分の仕事があって、この町でも生活を営むことができる状況にあるからなのかもしれません。
その日、トロンコとボンクは家で久し振りにゆっくりとした夜を過ごしました。
トロンコは一生懸命大好きな靴磨きをして、ボンクにそんなに頑張って磨くと革が減ってしまうとからかわれていたし、ボンクは愛用のカメラの手入れをしていました。
本の効果は思ったよりも早くやってきました。
二人が町に帰った数週間後の朝、トロンコが森を散歩していると知らない人が歩いていましたので、トロンコは挨拶しようと声を掛けましたが、見知らぬ人はすぐにどこかに行ってしまいました。
ボンクと二人で町に出かけた時も、汽車から降りてくる人の数がとても多いことに気づきました。
町の食堂は大いに賑わっていましたし、お店にもお客様が入っていました。
町を訪れた人たちが二人の本を持っていることで、自分たちの本の効果が出てきたことが分かりました。
自分たちが書いた本を見て、その本の実際の風景を見たいと多くの人が町を訪ねてくれたのでした。
町には連日たくさんの人が来るようになって、大いににぎわっていました。
二人が美しいと思った森や湖にもたくさんの人が来るようになって、その美しさに共感してくれることはとてもいいことだと思いました。
2冊目の本の約束を本屋さんたちとしていましたので、二人はこの町の2冊目の本作りに取り掛かりました。
1冊目では取り上げることができなかった場所を取り上げて、この町のことをもっと伝えたいと思いました。
それぞれのペースで理想の生活をしながら、2冊の本の文章をトロンコが書いて、写真をボンクが撮っていきます。
本を作っているうちに数か月が経ちました。
連日大勢の人が町を訪れたので、静かだった町は騒々しくなっていました。
騒音だけでなく、町の中にゴミが目立つようになっていましたし、湖や山、森にもマナーの悪い人が置いていったゴミが溢れ始めていました。
人がたくさん訪ねてくることに、町の人たちは疲れ始めていました。
町を訪れた人たちも本の世界に憧れて町を訪ねたけれど、たくさんの人を受け入れられる町になっていなかったので、食事をする所も、泊まるところにも行列ができていました。
町を訪れた人たちも、この町に不満だけを持って都会に帰っていきました。
そんな状況にトロンコとボンクは責任を感じて、途方に暮れていました。
コメントする