2013年9月アーカイブ

アナログなSEの過去からの手紙

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 こんにちは!WRITING LAB.のアナログなSEです。

今月のテーマは「手紙」。

 

私は子供の頃から、手紙を書くのが苦手でした。というより文書を書くのが苦手で読書感想文の宿題は、めっちゃ嫌でした。だから理系を選択した様な気がします。

けど、理系といえど仕事で技術論文など文書を書く機会はあります。何故か論文は書けるけど手紙となると構えてしまって、なかなか書けないアナログなSEです。

手紙と論文は何が違うのか??

転勤とか海外出張とか、時間のあるときに絵葉書などに一筆状況を書くことはありましたが、やっぱり、自分の感情・想いを表現することが苦手なのでしょう。

 

そんな、アナログなSEのもとへ中学校の恩師から35年ぶりに手紙が届きました。

そこには、先生からの手紙とともに卒業式の日に書いた「その日の思い」が添えられていました。先生からは「卒業して35年、子供も当時の自分の年に近くなっていることでしょう。その頃の思いを君たちに返す時が来ました・・・」と。

その当時、青春ドラマ全盛期で村野武範の河野先生(ちょっと古いです。。。)を地で行く体育教師だったので、意外とさめた目で見ていたこともあり、真剣に作文に取り組まなかったことも記憶に蘇りましたが、それでもその自分の書いた文書を35年ぶりに読んで、改めて自分の思いを表現することが下手なのかと実感しました。

先生は、昔の思いと今までの自分を振り返り、この先の人生に何かの足しになればと、皆に送られていました。

 

そこで、アナログなSEも一念発起して手紙を書くことに、

まずは、便箋と封筒の準備から、

DSC_0328.jpg 

 

・・・・それ以降、出番のない便箋と封筒です。結局、筆不精なアナログなSEでした。

手紙~スタッフKの場合

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こんにちは!WRITING LAB.スタッフKです。

今月のテーマは「手紙」。

 

私は文具店勤務時代、16年ほぼずっとレター関連の担当をしてきたと言っても過言ではありません。長い年月、あらゆる便箋封筒・カード・一筆箋・シール・・・たちと触れ合ってきました。

今だと、売り場は恐らく秋柄で売り場は埋め尽くされているでしょう。一番人気のもみじ、あまり売れないけどイチョウ柄も雰囲気作りには必須アイテム。その他、桔梗から秋が深まるにつれ萩や菊なども少しずつ入れ替えていました。いいですね、秋。

 

メールやSNS全盛の今、どうして文字なのか。昔は当たり前に友達に手紙を書いたりしていたものです。それが今ではあっと言う間に送信、それを読んだかどうかまで確認できてしまう。ちょっと怖い気もします。返事が来るかな~とか思いながらポストへ投函したのはもう昔という時代なのかもしれません。

 

それでも、手紙というツールが必要に感じるときもあります。改まったお礼や目上の方へのメッセージは、何となくメールではカジュアルに思えます。お礼は一秒でも早い方がいいのですが(48時間以内、と聞いたことがあります)、短くてもいいので生の文字で伝えたい。

 

私ははっきり言ってたくさん万年筆を持っていますが、前にも書いたけどその99%は細字です。それでも手紙を書くときにはそれぞれの特徴にあった万年筆を選んでいます。

お店から商品を発送する際に一言添える手紙。お客様へのお礼と少しだけ商品の説明や特徴を書くための「一筆箋」。大量に使うので、ライフの「一風箋」を愛用しています。70枚綴りですが、一年に10冊は使うでしょうか。

この紙はインクが広がりにくいので、インク出のいい万年筆で書きます。太めの細字が理想的。インクはその時々で変わりますが、大抵はお店のオリジナルインク。色見本としても、実際の色を見ていただけると思うので。

 

RIMG1003.JPG

 家では、義理の祖母に毎週水曜日手紙を書いています。

夏前から体調がすぐれず、話がかみ合わないという事が起こっていました。直接話をするにも生活の時間が違いすぎて電話の時間も取れなかったので、手紙を書くことにしました。

 

手紙を書いたら、もしかしたら返事をくれるかもしれない・・字を書いたり考えたりすることは頭の体操にもなるかもしれない・・そんな気持ちからでした。

でも週に一度、手紙を書くというのは私にとっても良い事だったようです。間違いなく、頭の体操になります。

 SN3I0429.JPG

手紙を書く際の必須アイテムは、この4つ。

1)便箋・封筒

2)住所録

3)切手(オレンジのケースは切手入れ)

4)辞書(携帯電話など)

それに季節感を与える封緘シールやシーリングスタンプなど。

住所録は今まで年賀状でしか使ってなかったけど、「手紙に書いた概要」をメモする小さなノートを挟むと、更に便利アイテムになりました。

 

理想は旅先でしたためて、出す。でもどんな相手に出すんだろう。恋人・・ではないような。一人旅してるんだろうな。妄想は広がります。寅さんみたいに全国各地を巡る旅なら、家族に送る一枚の絵はがきなんてのがいいですね。

 

手紙

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はい、ボンクです。

藤浪投手頑張ってますね~、鳥谷選手が4番ですか~そうですか~

来年はせめて9月くらいまではもつれるようなシーズンにしてもらいたいですね~。

 

さて今回のテーマは「手紙」!

・・・。

何を考えてこんなテーマにしたんでしょうか

言葉が出てこないですね~

文句を言っていたらマキオさんに怒られるので書かせていただきます。

 

 

~手紙~17歳

当時はメールというものがなく友達や彼女とのリアルタイムでの通信手段は家電のみでした。

特に彼女~お父さんが電話に出た時は95%の確率で、声を変えて「すいません、間違えました」と言っていたような記憶があります。その当時にメールがあればどんなに楽しい10代を過ごすことが出来た事でしょう。

なのでその当時の彼女にはたくさんの手紙をもらいました、書かれていた内容は忘れましたが。

ボンクも確か2~3度手紙を書いたことがあったようななかったような。

 

~手紙~20歳

この頃が一番手紙を書いた時期でした。毎日、手が空いた時や寝る前に書いていました。

疲れている時や面倒な時は「おはよう」や「おやすみ」の一言だけ、お互い一週間分をまとめて封筒に入れます。

1年くらいは続けていたと思います。

遠距離はたいへんです~

 

~手紙~22歳

学生生活を終えたボンクは家からかなり離れたところで仕事をするようになります。

ボンクには父親がいませんが、父親代わりの叔父がいます。その叔父がくれた手紙が、初めて家族からもらった手紙でした。内容はほとんど忘れましたが、ある言葉だけしっかりと憶えています。

「たまには帰ってきて口げんかの相手になってやれ」

もし過去に戻れるなら何がしたい?と聞かれれば、迷わず「母親と口げんか」と答えます。

 

~手紙~28歳

勤めていた会社を退職する時に一番尊敬していた上司から手紙をいただきました。

何もわからないボンクに言葉ではなく行動で仕事を教えてくれた上司です。いつも、「この人が仕事をしやすいように頑張ろう」とそればかり考えて仕事をしていました。

まさに「男が男に惚れる」状態。

失敗ばかりしていたボンクでしたが、なぜかこの上司だけには一度も怒られたことがありませんでした。

「こんな男になりたい」という気持ちは今でも変わりません。

いただいた手紙を読みながら涙が出てきたのを思い出します。

仕事やプライベートがうまくいっていないときや気分を変えたいときなど、今でもその手紙を見てパワーをもらってます。

 

 

今回のブログを書く前の日、過去にいただいた何通かの手紙を読み返し「ドキッと」しました。

今回のテーマ「手紙」を書くために神経質になっていたからかもしれませんが、手紙の一文字一文字が生きているかのように思えたのです。

気持ちを伝える手段、メールも良いと思います。LINEも良いと思います。一番良いのは直接言葉に出すことだと思っていました。

が~、場合によってはその人の手で書かれた手紙の一文字一文字の方が直接発する言葉の何倍、何十倍の重みがあるのでは・・・、何かとても考えさせられた今回のテーマ「手紙」でした。

普段、それほど難しいことは考えていない(考えれない)ので頭が痛くなったボンクでした。

次回は写真オンリーでいきますね、マキオさん。

 

 

 

 

 

 

共感者を探す

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店を始めて町の人と一緒に町を盛り立てていきたいと思ったトロンコとボンクは、店を始める準備に取り掛かりました。

それまで自分の好きなものなどについて話していましたので、お互いが好きなものをよく理解していました。

自分たちが好きなものを扱う店にしたい、自信を持ってお客様に商品をお勧めして、共感してもらえることを喜びとするような店にしたいと二人は思っていましたので、その夢の形を他の人が見ても分かるような企画書を書きました。

書類に書いてもそれはただの絵に描いたものにすぎませんが、これがなければ何も始まらない。

この企画書を見せて、自分たちの店に投資してくれる人を探すのです。

夢がいっぱい詰まっていて、でも現実的な、これを見た人も一緒に夢がみられるような書類を作りたいと、二人は真剣に企画書作りをしました。

企画書を作っているうちに、何か神様が啓示をくれるような気分になってきました。

店を始めることに二人とも言葉にはしなかったけれど、不安な気持ちがありましたが、何でもできるような、最良の選択ができるような気分になってきたのです。

 

企画書ができたら、店の場所を探しました。

店の場所が決まらないと、どんな店になるのか説明することもできず、投資家を探すこともままなりません。

町のどの場所に自分たちの店を作るのか、歩いて探します。

以前お店がされていた空き店舗をいくつか周りました。

明らかに良い場所、メインストリートに面した場所、駅前などは小さな町でも家賃が高い。全てはバランスで、良い場所で店をするにはたくさんの売り上げが必要になる。

でも家賃の安い場所なら、最低限確保しないといけない売り上げも少なくて済むので、自分たちがやりたいと思うことだけに専念できる。

そんな考えの下で、二人はメインストリートから1本路地を入ったところにある、ある貸店舗にたどり着きました。

 

トロンコたちが扱う商品は競合の多い日用品ではないので、店の前を歩く人の多い少ないは問題ではないと、勇気を持ってその場所に決めました。

ボンクは今まで自分で決断してずっと生きてきたので、それほどの勇気を必要としなかったかもしれませんが、トロンコは今まで何となく流されるままに仕事をしてきて、幸運にもその道で生きてくることができましたので、改めて決断するということにプレッシャーを感じました。

 

家主さんに、自分たちがしたいと思っている店について説明しました。

トロンコはこのようなプレゼンテーションが苦手でしたが、一生懸命店について説明しました。

家主さんは二人がしようとしている店について、本当に上手くいくのかどうか理解できないと正直に言ってくれましたが、二人がしようとしている店がこの町を元気にする役に立つことは何となく分かってくれて、二人にお店を貸すことを承諾してくれました。

 

店の場所が決まったら、二人は投資家を探しに行くことにしました。

投資家探しは難航することが予想されましたので、手分けして大都市をまわることにしました。

さすがボンクはすぐに投資してくれる人を見つけました。

ボンクの今までの写真家としての仕事を知ってくれていた人で、ボンクならきっと面白いお店をやってくれるだろうと思ってくれたのでした。

トロンコは様々な伝手を頼って何人かの投資家と会いましたが、良い返事をもらうことができませんでした。

投資家は自分の大切なお金を託して、利子を受け取ることで利益を出しますが、それと同時にお金を貸した人の夢も自分のもののように共感して初めてお金を貸してくれる。

トロンコのプレゼンテーションはあまり上手ではなく、あまりにも控えめだったのです。

トロンコのことが、トロンコたちがやろうとしていることが理解できなければお金を貸してくれるはずがありませんでした。

自分が今までやってきたことの積み重ねがこういう時に表れることを改めて思い知りました。

 

でも幸運な出会いもあるもので、最後に訪ねた投資家はトロンコが今までやってきたことに共感してくれて、二人がやろうとしていることに興味を持ってくれました。

その人は言葉足らずのトロンコから言葉を引出し、投資を約束してくれました。

お金が集まったことは一安心で、それはとても喜ばしいことだけど、人々の期待を背負ったプレッシャーも感じました。町に帰って、早速店作りを始めないといけません。

トロンコは、夜遅くの汽車でボンクの待つ町に向かいました。

 

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