珍しく仕事について語る(S等氏の場合)

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皆様こんにちは、S等です。
ところでこの温度差はなんだろう?
Kが、まじめに語っているのに、Yが遊びを語る。
私は以前からきっとKが社長でYが雇われた万年筆研ぎ師ではないかと思っています。
ところでKの話の続きではないですが、阪神の震災で、私は半年くらい東京から神戸に調査に来ていました。
当時は甲子園までは普通に交通機関がありましたが、甲子園を境にすべての交通網がストップしており(実際に道がなかった)、また神戸港も堤防が破壊しており、船を停泊する事ができない状態でした。
そこで甲子園から入った訳ですが、最初に見たのは、西宮寿司屋が、店前で寿司を作って被災者に配っている光景でした。
寿司屋いわく、どっちにしてもネタが腐るのでというのが理由です。
次に見たのが43号線を複数のピザ屋の配達員たちが3輪バイクを駆使し、神戸の方に入ってくる光景です。正直、自衛隊よりはやくきていました。
かれらは大阪の大手チェーンピザ店で、ピザを被災地に持ってきてくれたそうです。
ところで皆様はきっと、 このS党が寿司やピザに手を出したのでないかと思っているかもしれませんが、この時点ではS等は手を出していません。食べておけばよかったと後悔は
しています。
S党は東灘区、中央区、長田区に長期滞在しました。これらの地区はかなりひどい状態で、多くの人が小学校などに避難しており、色々話をききました。
ほとんどの人が家に帰れず、そのがれきの中から鍋など料理道具をもってきて食事を作っていました。

ところで報道と違い、当時はどちらかというと悲惨なイメージよりも、避難場所にはとても団結感があり(特にトイレに水が流れない点が不満で、みんなで必死で水汲みをしてトイレを流していた。)、またかなりの笑いもありました。
S等も現地でうけており、正直、後で吉本に転職しようかと思ったくらいです。
被災地についてはかなりまじめな議論もできますが、ここではやめておきます。
もし聞きたい人がいれば個人的にお話しします。
ところで現地で一番おいしかったのはイスラム教の人が配っていた食事でした。
それと当時のイスラム教の人のハイテクがすごかった事を覚えています。
テントの中に衛星中継機があり、海外からどのような支援をすべきかやり取りしていました。さすがお金持ち。

また神戸の震災もこの前の東海大震災でもそうですが、奪略事件がほとんど起きないのは日本だけではないでしょうか?
当時、三宮の周辺では若干、奪略事件があり警戒地域になっていましたが、S等はあまりの疲労でうっかり車の中で夜中まで寝てしいましたが無事でした。
今年、メディアでは神戸震災の悲惨さを伝えていますが、実際にはそんなに悲壮感は現場ではありませんでしたし、メディアが悲惨を売りにするのはあまり建設的ではないように思えます。
実際に被災地ではテレビ番組は当時もかなり不評でした。それは当たり前で、被災者は今すぐに前を見て生きなければならないのに、テレビでは後ろ向きな事ばっかりやっていたからです。
私は同情から人がよくなるのを見た事がありません。むしろ害でしかないと思います。
人を助ける事ということは、人を同情する事とは違うと思います。
私なんかは、毎回、Kにコーヒーに毒を盛られて、そのおかげでどんな毒にも耐えれる体を得られました。そういうことです!
ところで今回は「仕事に関する事」ですので、私の経験からまともな事を少しだけ列挙します。

その1 クビになる事を恐れている人は仕事をしていない。そういう人は報告すべき大切な事を報告せず、事態の悪化を放置し、結果一番恐れている事が起こります。


その2 悪い事ばかり報告してくる部下も仕事していない。ですが、自分で解決すべき事を解決せずに、その事を押し付けてくる人も同じように問題です。


その3 君子は豹変する。
私の知っている人で性格は自分勝手で、誰に対しても怒るときはものすごく怒るし、態度も尊大な人がいました。ですが、自分にも厳しく、また大抵この人の意見は正しく、間違っている時でも、他の人がそれを指摘し、本人が理解した時には態度が豹変し、すぐに修正するので、この1点だけで部下からは尊敬され、上層部からも信頼されていました。
君子とは必ずしも人にやさしく、怒らない人でもなく、どのような状況でも正しい方向へ物事を持って行ける人なのだと思います。


その4 仕事にも遊びの精神は大切
とんでもないと思われる方もいるでしょうが、実際遊びの精神がないと仕事は続きません。又は何も生み出さないでしょう。
私の場合は、外部に訪問するときは友達の家に遊びに行く気持ちで行きました。そうすると大抵、うまく行きました。
または深刻になればなるほど仕事もだめになるという事も事実だと思います。


その5 自分を肯定する事
自分が間違っている事をわかっているのに肯定してもただの正当化なので意味はなく害だけしかないと思います。ですが、それ以外で自分が否定されたことで反省したりすることもまた同じように意味がなく、害しかないと思います。
ですから自分に憶えがないのに否定された場合、無視するのが一番だと思います。


その6
この社会には一般に賢いといわれる職業についている人がいます。
で、そういう職業の人の中には時々何も知らない人がいます。そういう人に限り、他の人の無知をバカにする傾向にあるようです。で、あまりいい仕事もできないみたいです。


その7
客観的な仕事の重要性と主観的な仕事の重要性は反比例しているように思います。
名目上の地位はともかく、実際に重要な仕事をしている人ほど組織の事を考え、あまり重要ではない人ほど、自分の重要性を大切に思っているように思います。

で、まじめな話はこれくらいにしておきます。1日5分が限界です。

またよろしくお願いします。

 

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このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2015年1月20日 12:01に書いたブログ記事です。

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