2015年2月アーカイブ

職人への憧れ

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*母方の祖父と祖母。

こんにちは!WRITING LAB.スタッフKです。 今月のテーマは職人技について。職人さん・・・今でこそ身近に職人さんがおられるけど、お店を始めるまで、身近に感じたことはありませんでした。・・・と、思って考えていたら、「そんなことはない!」と気づきました。

私の父方の祖母は「布団職人」でした。そして祖父は「目立て(めたて)職人」!!目立て・・って何?と思いますよね。のこぎりとかの刃が傷んで来た時に、また切れるように刃を立てる職人のことです。私は昭和生まれですが、祖父が仕事をしているところを見たことはありません。さすがに仕事がなかったのかすでに引退していたのか定かではありませんが、祖母の布団を配達したりしていた・・と聞きました。

中学生になったころ、祖母から綿入りのはんてん(共通語だろうか・・)をもらって、受験勉強していたのを思い出します。(当時のドラマなんかではメジャーな光景ですね)。

母方の祖父は木型職人(写真の人物)・・っていうのか分からないけれど、戦後木型の会社を興しました。船を作る時の型とかだと思います。その仕事ぶりを見ることはありませんでしたが、事務仕事を手伝いに行っていた母からいつも木の匂いがして、その匂いと祖父の会社のイメージは切り離せないものになっています。

祖父が家具のスキマなんかを「38センチ」と見立てると、それは必ず合っていて、職人の目を垣間見た気がしました。

祖父は引退してから絵画や彫刻、石膏像を作ったりしていました。それは芸術だけれど、どこか技術も入っていて職人の何か手を動かしていたい気質なのかもしれないと思いました。

 

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 孫6人の肖像画はそれぞれの自宅に。油絵も木の板に描いて、彫刻を施した額縁は手作りです。(壁掛け前の状態で下に置いてありますが)

写真を探したらこういうのしかありませんでした・・幼稚園のお友達が集まってのランチ。ちらし寿司は昭和ですね。テレビとステレオがすごいでしょ。

 

 

 

職人と言えば・・・お店を始めてから自分というものの存在についてすごく考えるようになりました。

「私は靴職人です」「私は革職人です」「○○の研究をしています」...自分の事をこれだと紹介できる言葉が欲しい。個性だけでなく、私は○○です、と言いたい。ないものねだりなんでしょうかね。

お店で色々な人に出会うたび、自分に何もないような気がしてしまったり。だから余計に憧れます。(ただ職人といっても色々な方がおられますが)

ひとつのことを極めるのが職人なら、その人が生きやすいようにお手伝いするのもまた必要なことかもしれません・・と思うようにして、今の自分の仕事を精一杯したいと思います。

職人さん、憧れます。

 

 

 

 

 

 

 

いいものということ~S党氏の場合

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* 閲覧上の注意

今回、S党は毒吐いています。ぺ!

(編集者注:そして職人技というよりも個人的な恨みを語っています)

 

世間(特に海外)では日本製はいいといわれます。

そして、個人的にはその意見に賛成です。唯一の難点は、高性能品だけだという点です。海外といってもいろんな国があり、先進国もあれば、途上国、自称途上国などあります。

それぞれで求められるものはちがい、この丸い球体の上にあるほとんどが途上国です。そして高性能品は途上国のような野生的な環境ではあまり役に立ちません。

 

以前、ある大陸を単独横断した男に、どの車を使ったか聞いた事があります。

曰く、古いトヨタのジープ型でした。理由は簡単で、自分で直せるからだということでした。

電子制御が多い今日の車で、壊れても工場でしか修理ができません。ですが、日本の何十倍もある大陸で車が壊れた時には、近所といっても神戸から名古屋くらいまで誰もいないくらい広いので、1人で直すしか方法がありません。

その場合には持っている部品で、自分で交換できる車でないと、そこで白骨死体になってしまいます。で、彼が選んだのは丈夫でかつ構造がシンプルな昔のトヨタのジープでした。(トヨタにジープってあるのかな?ランドクルーザーかもしれませんが)

外に出るのは苦手な自称アウトドア派の私には大変参考になる話でした。

 

 物にはなんでも個性があると思います。

うちの家のドアなんかは、ドアのくせに私を家の中に入れようとしません。

そして私の持っている日本製の靴は私に履かれたくないと思っています。

 

ところで日本製の靴は例外で、私のサイズ(28センチ)には良い靴がありません。28センチ以下ならいい靴がたくさんあります。

この28センチが分岐点のようで、メーカーの人が嫌厭しているのか、28センチ以上の足のサイズの良い靴がほんとにありません。

28センチ以上種族が履ける国内の靴はものすごく安くてチープで、すぐ壊れそうな靴か、ものすごく高い特注の靴だけです。

唯一ある靴で値段とクオリティーがちょうどいいくらいの靴もあることはあるのですが、木型がよくありません。結局私の場合には足を痛めます。

靴の木型がよくないと、足に合わないので、その結果、疲れたり、肩が凝ったり、など支障をきたし、また爪が巻き込んで整形手術をするということになりますので、購入するときは、既製品の場合は、その木型が重要です。

 

靴の幅も国や会社により使用している表記が違うので(ある会社ではDが、別の会社ではE)、それ自体は参考になりませんし、幅だけではなく靴の原型(木型)で大きく影響してくるので靴の型が一番重要です。

で、どんな木型が良いかというと、つま先から踵まであまり起伏にとんでいない、ほぼ同じ幅の型がベストです。

日本の靴屋さんやメーカーは、見た目重視なのか、なぜか下の写真の左のような型の靴が多いです。個人的には決して左がカッコいいとは思いませんが、日本国内で製造している靴も、海外から輸入する靴も、左の靴の型が多いです。

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 左は日本製で、国内で入手できる28センチの既製品です。で、右は海外の靴で基本的な型です。

左の靴は一見、幅も広く、カッコいい様に見えます。

ですが、実際には小指がくる場所は不自然に先が細くなっており、その結果足に負担がかかります。

右の方は、全体的に細いですが、自然な足の形に合っているので、実際は足を締め付けずに足全体にフィットします。またそれが意味するところは、歩いていて靴の中でずれないので、足に負担がかからないということです。

左の型は足の先がきつく、その他の部分では広くなっており、歩いていて靴の中でずれてしまうので、体に間接的・直接的に負担がかかると思います。

 

昔、東京のあるお洒落な場所のおしゃれな靴屋で左のような形のイタリア製のチャッカーブーツを勧められた事があります。この時も指が当たりきつめでした。

でも、店員に履いているとそのうち革が伸びますとか、イロイロ言われて、それを信頼して購入しました。ところがこの靴が原因で最終的に2度も足を整形手術しました。さすがに2度目に靴が原因ではないかと思い、その靴を履かなくなってから手術の必要はなくなりました。なお、このお店には2度と行きませんでした。

このお店以外でも、なぜか私が行く靴屋の店員さんは、ほとんどが指の幅が狭く、窮屈で不快な靴を勧めてきます。そしてその理由が、靴の上革は伸びますので大丈夫ということです。ですが革の伸びた靴はみっともないですし、そもそもそこまで我慢しないといけない理由がわかりません。

一方、海外の靴屋の店員はこちらをほっておいてくれるので好きに選べますし、基本的な形が自然体なので、いい具合の靴ばかりでした。

何が言いたかったかというと、日本製だろうとなんであろうと、いい物は人の自然な要求に応えるものではないか・・ということなのです。

 

 

 

 

 

導いてくれた職人技

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今月のテーマは職人技です。それぞれが職人技について語ります。

 

私が万年筆を調整したり、調整を施した万年筆を販売することで生きていきたいとボンヤリと思ったのは、ずっと前のことでした。

ある職人さんの仕事を目の当たりにした時で、その光景は今もインパクトを保って記憶に残っています。

確か震災の年で、私はまだ文具店の軒先の売り場を任されていた若い時でした。

この生活が一生続くのかと諦めに似た暗い気持ちと、人並みの仕事への情熱を持って淡々と日々家族3人で暮らす団地と職場を往復していました。

 

1回店の軒先にテーブルを出して、お客様の万年筆を販売しながら、無料でペン先調整する万年筆クリニックなる催しをしていました。

メーカーの工場から職人さんが来られて、お客様の書き方を見ながら万年筆を調整していきます。

 

持ち込まれる万年筆はそれぞれのお客様が書きにくいと思っているもので、職人さんはルーペでペン先をチェックして、「これは書きにくかったでしょう」と広島弁でお客様をねぎらうように声を掛けます。

それからお客様は少し気が楽になって、その万年筆がどのように書きにくいか、どのような経緯で今手元にあるか、なるべく使いたいと思っているということなどをお話になられます。

職人さんはすぐにゴム砥石が回転する機械でペン先を少し磨いて、お客様に少し書かせ、また磨いて「これで完成です」と言って渡します。

ほとんどのお客様が、とても書きやすくなったと、とても喜ばれます。

最後に職人さんは「どうぞ、お楽しみ下さい」と言ってお客様を送り出します。

 

このやり取りが1日に何十回と繰り返されるのを私は横でずっと見ていて、もちろん使っていなかった万年筆を使ってみたいと思ったけれど、そんな言葉のやり取りも含めた職人技に、私もこういう仕事がしたいと思いました。

 

大きな目標として宣言して、掲げたわけではなく、誰にも(妻にさえ)言わなかったけれど、密かに思い続けてきました。

書きやすいペン先だと思ったら、ポケットに入れるようになったメーカーが販売店に配っているルーペで見て、書きにくいと思ったらまた見て。

それを5年ほどしているうちに、書きやすいペンポイントの形が目に焼ついていました。

 

実際にペン先調整をしようと思った時、頭の中にある理想のペンポイントの形を作り出せばよかったのでいういk上達が速かった。

今自分に、その職人さんの技が備わったと言うつもりはないし、自分は職人ではなく販売員だと思っているけれど、たいていのペン先を自分の理想の形にする自信はあります。

でも、あの職人さんならどうするだろうといつも考えながらペン先調整をしています。

(Y)

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