2015年8月アーカイブ

怖い話・・・。~スタッフKの場合~

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夏になると、怖いものが色々増えます。

例えば定番の「黒くて素早いアイツ」(決して名前を口にしません。字面もキライ)。

今はマンションに引っ越して見ることがなくなりましたが、前の古いコーポに住んでいた時は「キング」と呼んで恐れていました。

どうでもいい話ですが、最近外で久しぶりに出会ったキングは、私の中の昭和の「ゴジラ」というイメージから、ハリウッドの「GODZILLA」くらいの進化を遂げていて衝撃を受けました。強そうにも程がある!!

 

まあそれはいいとして、もう一つの怖いもの・・・それは「セミ」。

彼らは窓の外から声を聞いている分には夏の風物詩としてまあいいのです・・・が、私は「生物兵器」だと思っています。

第一、あんなに自己主張が強いくせに人間の気配を感じて急に鳴き止むし、何なら急に飛ぶ。・・・この「急に飛ぶ」が厄介で、奴らはなぜだか人間に向かって飛んでくる。

知り合いの人が戯れに娘にセミを投げて、1週間口をきいてもらえなかった。これも全く納得してしまう。

家の扉の前に、セミが静かにいるとしましょう。それこそ私にとって恐怖。生死さえ外見上で見極めるのが難しい。

私の気配を感じるや否や急に鳴き出し(やはり生きていた!)、ジグザグにぶつかりながら飛び上がり、最終的には私に向かってくる!!・・・まさに生物兵器。恐るべしゴルゴゼミ。

そして奴らは自分の証拠を残さない。アリに自分の身体を持ち去らせ、完全に分解させる。ああ、恐ろしや。

 

ああ、本題はそういう話ではないんですよね。やっぱり。

怖い話・・・はダメな方です。想像力がある方だと自分では思うのですが、想像力がある×怖い話のコラボは最恐ではないでしょうか。一人になると、思い出す。「もしかしたらこうだったりして・・」とか想像し始めるとどんどん怖くなります。

でも世の中にはそういったものが「視える」という方がおられるんですね。

私は霊を見たことがないので存在についてどうこうは分かりませんが、「視える」方々の人柄は知っています。その苦労を伺っていると、実際に存在するんだなあということを思って、しみじみ「自分に視えなくて良かった・・」と思う訳です。

それまではイメージで怖がっていましたが、視える人たちの話を聞くにつれ、色々感じ方が変わってきました。

例えば、「アナタの後ろに霊が!!」とか言われたりする。

昔の私なら「ギャーーー!!!」って逃げる。

でも今なら、「えっ?どんな人?大人?こども?」とか「何を見てる?」とか聞いちゃいます。

最近は「・・女の子が何故かずっとスタッフKさんについて回ってますね」とか言われても「・・・あっちのおじさんにした方がいいよ」って彼女(がいるであろう方向)に顔を向けながらS藤さんを指さすこともでるようになりました。

慣れるってすごい。

 

 あと・・・最後にこれは怖いと言うよりすごい偶然だなあと思った事です。

中学生の時、こんな想像をしたことがありました。

「自分以外の人は全て自分の見える範囲でその役割を演じているのではないだろうか。」母は確かに母だけど、私が学校に行っている間は本来の姿に戻っていて、私が帰宅したらその役どころを演じている。

それは家族みんなそうで、学校もすれ違う人もみんな実は演じているのではないか。

思春期にありがち(?)な想像で、自分は社会に適合できていない‥そんな気持ちだったのかもしれません。

予定外に早退なんかして家に帰ったりしたとき、もし母が母でないところを目撃したらどうしよう、とか考えたりしていたのです。

が、それと全く同じ意図で描かれた漫画があったのです。

 

手塚治虫の「グランドール」という短編集の中の「赤の他人」という漫画。

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主人公は中学生の男の子で、自分が想定外の動きをした時の周りの不具合に、違和感を感じます。急にモノを投げても割れる音がしないけど、ゆっくり投げると音がする。何かがおかしい。

そんな時、偶然両親の会話を聞いてしまいます。「あの子も色々知恵がついてきて、最近何か疑っているようよ」「我々の事を気付かれないようにしないとな」。

父と母だと思っていた2人の顔は全くの別人で、見たことのない2人でした。それでも戻ると驚いた二人の顔は両親の顔つきに戻る。

そんなとき、一匹の猫が現れて、真実の扉へ案内する・・。

という感じ。

自分が想像していた話が全くそのままの形で(もちろんしっかり起承転結がありましたけど)出ていて、正直びっくりしました。

でも、そういうことってままある事なんでしょうか・・?先に読んでいたことを忘れている・・ことはないと思いますが。

自分の中では、怖い話・・・というか驚いた話?でした。

怖い話

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怖い話というとまず霊的な話を思い浮かべます。

それらはとても不思議で、証明のしようのない、結論付けることのできない話ですが、私はそういう話がとても好きで、人智の及ばないロマンのある話だと思っています。

怖いはずの心霊話がとても好きですが、残念ながらそれほど強烈な霊体験は持っていません。

それに私はきっと外からの刺激に対して動じないのかもしれません。

何に対してもあまり敏感に反応することがなく、それは怖いということに対しても同様です。

動じないと言うと肝が大きいように聞こえるけれど、ただ鈍感なだけなのかもしれません。

軽々しく怖い話と言うわけにはいかないけれど、神戸やその周辺の人は共通の怖い経験があります。阪神淡路大震災です。

家が全壊したわけでもないし、ケガひとつもしていなけれど、あの揺れは恐怖体験だと思います。

きっと誰もが死を覚悟したのではないかと思います。

 

私が怖いと思って、死を覚悟した経験はもうひとつあって、長野の母の実家の農作業を手伝っている時に目の前に雷が落ちた時でした。

少し離れた木を介して、目の前の側溝から少しだけ出ていた針金に落ちたのですが、あまりに一瞬のことでよく分からなかったけれど、自然のあまりにも強烈なパワーの下には人間など本当に小さな存在だと思いました。

雷のとんでもなく大きな音が耳に、閃光が目に残っている状態で身動きできませんでした。一緒にいたアルバイトの男性はヒステリー状態になりました。

雷が落ちた後、コンクリートの破片がパラパラと頭に降ってきました。

 

あの夏は何か異常で、御巣鷹山に落ちる前の超低空飛行をしている、ジャンボ機が頭上を通り過ぎていったのも見ました。

亡くなられた方も多く、乗っておられた方の恐怖を思うと、軽々しく怖かったなどとは言えないけれど、尾根伝いにフラフラと山を上がって行く飛行機はとても不気味に見えました。

本当に、幸いにして私自身怖い経験をしたことがありませんので、今回のテーマは大いに苦労しました。(Y)

怖い話~その2・S籐氏の場合~

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先週に続き、怖い話・・・S籐氏の体験談です。ちょっと長いですが、お付き合いください。

 

第2話 幽霊 (実話)
70年代終わりの頃の夏の話である。
その地域は大きな湖を中心に自然に囲まれた田園地域であり、各家庭には犬や猫が必ず1匹おり、朝早くから周囲の田んぼでカエルやザリガニを取る子供達の遊び声や笑い声が聞こえる場所であった。
少し北へ視線をずらすと遠くに小さな山があり、一方、そこから少し東には田園地域であるにも関わらず、近郊の首都からの交通網が発達しているため、首都圏で働くサラリーマンが購入できる手頃な不動産が多く建設中で、近くを当時の国鉄がまだ走っていた。
都会の喧騒と全く無関係な平和なその地域では、夜になれば周囲からはガマガエルの大合唱とコオロギの少し間の空いた伴奏によるオーケストラが聞こえてきていた。
その夜、この地域に従兄弟と遊びに来ていた当時小学3年生の私は、従兄弟と同じ部屋で10時にはそれぞれの布団に潜り込んでいた。もっとも夏だったので、寝転がって薄い毛布を上からかけただけだった。その日は一日中近くの湖で泳いでおり、大変疲れたのですぐにぐっすりと眠れた。そのとき考えていたのは明日もう一度湖に行き、もっと探索するということだけだった。


夜中、突然目が覚めた。
ふと目を開けると女性が従兄弟の足元に両足を曲げ、体に抱え込むようにして座り込んでいるのが見えた。
彼女は赤い上着を着ており、ジーンズを着用していた。
普段は目が覚めてもしばらくは淀んだ水中にいるような感じなのに、その時はなぜか思考も知覚も澄み切っていたことを記憶している。
彼彼女の声は性別不明で、漆黒の闇の中、天井からの補助電灯の病的なオレンジ色と窓から差し込む月光しか光源がないのに、はっきりとその姿は見えていた。
こちら側からは彼女の顔は見えなかったが、さすがに見たいとも思わなかった。
彼女は従兄弟の足元で壁を向きながら、何かをブツブツと独り言を言っていた。
私はとっさに寝返り、小動物の死んだふりのように寝たふりをした。
さっきまで自分の人生に何も疑問も抱いていない子供だったが、その時は恐怖の真の意味を知る人間にまで一気に引き伸ばされ成長させられた気がした。
そして人は勇敢になれないことを悟った。とりあえず自分の元を瞬時に去った勇気を総力で呼び戻そうとしたが、すでにそれらは彼方へ遠征にでかけ、9月になるまで不在だといっているようだった。闇の中、ただ一人でその女性と対峙しなければならなかったことを私は恨んだ。
しかし幸いにも、恐怖で体が動かないということはなかった。
宇宙のすべての時間が止まったその間、ほぼ光速と同じくらい瞬時に様々な考えが私の中で駆け回った。

最初に考えたのは(当然誰でも思うことだが)これが夢だということである。
しかし、苔の生えた古い深井戸の奥の泥水の底から聞こえてくるようなくぐもり湿った恨みがましい声は一向に止む気配がない。その内容を聞きとろうとするのだが、正直よく聞きとれない。声が小さいということではなく、時に女々しく、時にのぶとく聞こえており、不明瞭でかつ協和音と不協和音が混じり合ったような音であった。(この声についてはうまく表現できないが、本当に気味が悪かったことだけは確かである。)
まるで私に向かってなにかの呪禁を唱えているのかようだった。
なぜか一つはっきりと理解できたことは、彼女はすべてに対して恨みを持っているということである。
その声はいつ終わるともわからなかったが、その声を聞きながらも、私の中のわずかな期待がこれはまだ夢ではないかと思っていた。
夢であれば、私は思うように行動できず、また夢であると思った時点で実体はもう見えないはずであるという混乱したの思考の中、再び恐怖を抑えつつ、薄眼をあけながら相手に気づかれないよう寝返りを打ってみた。
結果は思うように行動できたし、そこには赤いセーターらしき上着の女性の姿がはっきりと見え、声もまだはっきりと聞こえていた。
顔が見えなかったのが幸いだった。
私は、この時、これが幽霊であると確信した。
従兄弟はずっと熟睡し起きる気配がないし、その熟睡も彼女が影響しているように思えた。
この硬直状態のまま、外ではガマガエルの大合唱やコオロギの伴奏によるオーケストラ音が鳴り響き、時々近くを通る鉄道の踏切音が聞こえたので1時間以上は経過したと思う。その間も夢であってほしいという願いが捨てきれず、寝たふりをしながら薄目でなんども繰り返し確認したが、その都度彼女が現実の存在として確認され、その都度、心の中で暗い失望感が広がった。


夏なので窓を開けていたのがいけなかったのか? はたまた立地的に何か理由がありここに出没しているのか? いろんな混乱した思考が頭の中を駆け巡り、近くの踏切の音や電車を通過する音からそんなに深夜でもないこともわかり、なぜこんな早い時間に出没したのかということもなぜか気になった。
いったい今は何時なんだろう? そう思い時間を確認しようと思ったが、床の上のセイコー製のスヌーピーとウッドストックの目覚まし時計はあらぬ方向を見ており、彼らは知らん顔をして笑っていた。
多分、生涯でこれほど時計の時刻をみたいと思ったことはなかったと思う。(後で判明するがこの時の時間は11時28分だった。時計は翌朝この時間で止まった状態で見つかった。)
とりあえず、なぜかこのゲームは自分が起きていることを悟られないようにすることがゴールのような気がした。そこで一生懸命寝ているふりをしているうちに、 この気味悪い声をバックコーラスに本当に眠ってしまった次第である。

翌朝、アブラゼミやミンミンゼミの総合唱で目が覚めた。
空は青く、明るかった。昨晩の恐怖は太陽の光で消え去り、昨晩私の元を去り9月くらいまでは不在にする予定だった勇気がすごすごと私のところへ戻ってきていた。
すぐに私はそのまま従兄弟を置き去りにし1階へ避難し、数時間後には、その家から自宅へ帰った。それから数年は夜は恐怖の中で過ごし、電灯を消して眠ることはできなかった。
私はその時の体験をすぐに従兄弟などに言わなかった。その理由は、それを言うことを彼女に禁じられているような気がしたからであり、言うことで何か良くないこと起こると思ったからだった。

その後、時間で恐怖が薄れることはなかったし、当時のことは長い間自分の記憶の引出の一番奥にしまいこんで鍵をかけていたが、突然黙っていることこそ彼女の思う壺だということに気づき、数年後には親戚にも話した。
現在もこの家は存在するが今は誰も住んでおらず、私の体験後、当時住んでいた親戚も引っ越しており、以来数十年も買い手が見つからず、現在は廃屋で近所では皮肉にも幽霊屋敷と呼ばれている。


今思えば、彼女がどうしたかったのか不明である。
しかし、昔から幽霊は「うらめしや」というように、彼女の声は闇の一番暗い奥底から聞こえてきたような時に高く、時に低くなる不明瞭な声であり、当時小学校3年生の私が恐れるには十分だった。
多分今でもその声には恐怖を感じないといえば嘘になる。
しかし当時との唯一の違いは、今は私が幽霊について対処できない相手ではないと思っていることである。
というのは、その後様々な知識や経験を介して私の脳内のCPUに蓄積された大量の情報による分析結果が、恐怖という高波に飲み込まれないように、正気という港にしっかりと錨を降ろしてくれているからである。

これまで、いつまでも人のせいにしている人や、周囲のせいにしたりする人は結構見てきた。そしてそのような人たちが決して何事も達成せず、最終的には孤独の中で自分を慰めながら自身を正当化するしか能がないということを私は知っている。
そしてそういう状態から抜け出す唯一の方法は人のせいにしないことである。
全て自分の責任と受け入れるしか、この無間地獄から抜け出す方法はない。
この幽霊も生前に誰に何をされたかわからないが、いつまでも被害者の立場を貫き、それで人を恨んで出没しているのだとしても、ここの建物の不動産価格を下げるくらいである。

結局、そう考えるとこの幽霊は自分で用意した罠に自分で引っかかっているような気がしてきた。もしまたこの家に行く機会があったら、彼女に会って過去に何があったとしても、もう人のせいにするのはやめたらとどうかと提案してみようと思う。

怖い話~その1・S籐氏の場合~

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今月のテーマは8月ということで「怖い話」です。メンバーそれぞれの怖い(であろう)話・・まずはS藤氏から・・。

 

その1 子供(実話)


彼女が保母になって1年目の夏の事である。


彼女の人生設計は、24歳で結婚し、職場を退職し専業主婦になるという平凡なものだった。当時22歳である彼女はそのような夢の中で生きていた。

彼女が務める幼稚園はシナノキに囲まれ、大きなプールと運動場があった。
その夏の8月は、太陽の自己主張がいつになく激しく、容赦なく地球の表面を焦がしており、シナノキの影による安全地帯以外では、運動場はフライパン状態だった。
そこで彼女は子供たちと、運動場ではなくプールを使ってその日の遊戯をしていた。

そのうち、彼女は1人で建物に戻った。その理由は、日焼止めクリームを取りにいったのか、自分のカバンを取りに行ったのか、今ではもう分からない。
一応、彼女は子供たちの監視を同僚に頼んで行った。


彼女がなぜその部屋に行ったのかまったく不明である。

その部屋は建物の奥にある屋内の広い遊戯部屋であり、雨の日だけ利用する場所があった。


普段は子供達が明るく駆け回り、建物周囲を囲うシナノキによる木洩れ陽が窓から室内に投射される明るい部屋であった。

しかしその日に限り、外では灼熱の太陽が怒り狂っている一方、室内はクーラーもついていないのにひっそりとした冷気が漂っているように感じた。

外では日光で生き生きとしていたシナノキの木々たちも、中では不気味な影を落としていた。

その大きな部屋の床は珍しいウォールナット製であった。所々に木の年輪と黒々とした節があり、中には悲鳴をあげてる人の顔に口のように見えた。

それらの口は彼女にこれ以上入るなと警告しているようでもあった。

すると部屋の中央に、ポツンと3歳くらいの子どもが1人で、床にその重そうなお尻を下ろし、黙って床を見つめているのが見えた。

彼女はその子に話しかけたが、その子は座りながら床を見ていた視線を上げただけで、彼女の目をじっと見返すばかりにで何も言わず、動きもしなかった。

その目は限りなく虚ろで、深く深く別の次元へと吸い込まれそうだった。

彼女は、 多分この子は人見知りで、恥ずかしいからプールに行かずここで1人で遊んでいるのだと思い、プールに連れて行こうと思った。

そしてその子のフャフャした左手を取り、起こすためにグイとひっぱった。

 

 

彼女の悲鳴が起こった時、同僚はまだ外のプールで子供達たちと遊び始めたところだった。

その悲鳴は保育所の事務室にも届いた。その悲鳴の方向に向かい、事務室から他の職員も慌てて走ってきた。

するとそこには、床に座り込んだまま激しく泣きじゃくっている彼女がいた。

 

その背後には子供が座り込んでおり、ただ冷静にじっと彼女を見ていた。

 

 

・・・しかしその子の左手は、本来あるはずのない床の位置まで異様に伸びていた。

 

 

その後、この子(私)は近くのお医者さんで肩が抜けたのを直してもらい、彼女については私の母親がよくあることですよとか言ってなんとかショックを緩和したという事です。

 

 

 

来週はその2をお送りします。

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