怖い話~その2・S籐氏の場合~

| コメント(0) | トラックバック(0)

先週に続き、怖い話・・・S籐氏の体験談です。ちょっと長いですが、お付き合いください。

 

第2話 幽霊 (実話)
70年代終わりの頃の夏の話である。
その地域は大きな湖を中心に自然に囲まれた田園地域であり、各家庭には犬や猫が必ず1匹おり、朝早くから周囲の田んぼでカエルやザリガニを取る子供達の遊び声や笑い声が聞こえる場所であった。
少し北へ視線をずらすと遠くに小さな山があり、一方、そこから少し東には田園地域であるにも関わらず、近郊の首都からの交通網が発達しているため、首都圏で働くサラリーマンが購入できる手頃な不動産が多く建設中で、近くを当時の国鉄がまだ走っていた。
都会の喧騒と全く無関係な平和なその地域では、夜になれば周囲からはガマガエルの大合唱とコオロギの少し間の空いた伴奏によるオーケストラが聞こえてきていた。
その夜、この地域に従兄弟と遊びに来ていた当時小学3年生の私は、従兄弟と同じ部屋で10時にはそれぞれの布団に潜り込んでいた。もっとも夏だったので、寝転がって薄い毛布を上からかけただけだった。その日は一日中近くの湖で泳いでおり、大変疲れたのですぐにぐっすりと眠れた。そのとき考えていたのは明日もう一度湖に行き、もっと探索するということだけだった。


夜中、突然目が覚めた。
ふと目を開けると女性が従兄弟の足元に両足を曲げ、体に抱え込むようにして座り込んでいるのが見えた。
彼女は赤い上着を着ており、ジーンズを着用していた。
普段は目が覚めてもしばらくは淀んだ水中にいるような感じなのに、その時はなぜか思考も知覚も澄み切っていたことを記憶している。
彼彼女の声は性別不明で、漆黒の闇の中、天井からの補助電灯の病的なオレンジ色と窓から差し込む月光しか光源がないのに、はっきりとその姿は見えていた。
こちら側からは彼女の顔は見えなかったが、さすがに見たいとも思わなかった。
彼女は従兄弟の足元で壁を向きながら、何かをブツブツと独り言を言っていた。
私はとっさに寝返り、小動物の死んだふりのように寝たふりをした。
さっきまで自分の人生に何も疑問も抱いていない子供だったが、その時は恐怖の真の意味を知る人間にまで一気に引き伸ばされ成長させられた気がした。
そして人は勇敢になれないことを悟った。とりあえず自分の元を瞬時に去った勇気を総力で呼び戻そうとしたが、すでにそれらは彼方へ遠征にでかけ、9月になるまで不在だといっているようだった。闇の中、ただ一人でその女性と対峙しなければならなかったことを私は恨んだ。
しかし幸いにも、恐怖で体が動かないということはなかった。
宇宙のすべての時間が止まったその間、ほぼ光速と同じくらい瞬時に様々な考えが私の中で駆け回った。

最初に考えたのは(当然誰でも思うことだが)これが夢だということである。
しかし、苔の生えた古い深井戸の奥の泥水の底から聞こえてくるようなくぐもり湿った恨みがましい声は一向に止む気配がない。その内容を聞きとろうとするのだが、正直よく聞きとれない。声が小さいということではなく、時に女々しく、時にのぶとく聞こえており、不明瞭でかつ協和音と不協和音が混じり合ったような音であった。(この声についてはうまく表現できないが、本当に気味が悪かったことだけは確かである。)
まるで私に向かってなにかの呪禁を唱えているのかようだった。
なぜか一つはっきりと理解できたことは、彼女はすべてに対して恨みを持っているということである。
その声はいつ終わるともわからなかったが、その声を聞きながらも、私の中のわずかな期待がこれはまだ夢ではないかと思っていた。
夢であれば、私は思うように行動できず、また夢であると思った時点で実体はもう見えないはずであるという混乱したの思考の中、再び恐怖を抑えつつ、薄眼をあけながら相手に気づかれないよう寝返りを打ってみた。
結果は思うように行動できたし、そこには赤いセーターらしき上着の女性の姿がはっきりと見え、声もまだはっきりと聞こえていた。
顔が見えなかったのが幸いだった。
私は、この時、これが幽霊であると確信した。
従兄弟はずっと熟睡し起きる気配がないし、その熟睡も彼女が影響しているように思えた。
この硬直状態のまま、外ではガマガエルの大合唱やコオロギの伴奏によるオーケストラ音が鳴り響き、時々近くを通る鉄道の踏切音が聞こえたので1時間以上は経過したと思う。その間も夢であってほしいという願いが捨てきれず、寝たふりをしながら薄目でなんども繰り返し確認したが、その都度彼女が現実の存在として確認され、その都度、心の中で暗い失望感が広がった。


夏なので窓を開けていたのがいけなかったのか? はたまた立地的に何か理由がありここに出没しているのか? いろんな混乱した思考が頭の中を駆け巡り、近くの踏切の音や電車を通過する音からそんなに深夜でもないこともわかり、なぜこんな早い時間に出没したのかということもなぜか気になった。
いったい今は何時なんだろう? そう思い時間を確認しようと思ったが、床の上のセイコー製のスヌーピーとウッドストックの目覚まし時計はあらぬ方向を見ており、彼らは知らん顔をして笑っていた。
多分、生涯でこれほど時計の時刻をみたいと思ったことはなかったと思う。(後で判明するがこの時の時間は11時28分だった。時計は翌朝この時間で止まった状態で見つかった。)
とりあえず、なぜかこのゲームは自分が起きていることを悟られないようにすることがゴールのような気がした。そこで一生懸命寝ているふりをしているうちに、 この気味悪い声をバックコーラスに本当に眠ってしまった次第である。

翌朝、アブラゼミやミンミンゼミの総合唱で目が覚めた。
空は青く、明るかった。昨晩の恐怖は太陽の光で消え去り、昨晩私の元を去り9月くらいまでは不在にする予定だった勇気がすごすごと私のところへ戻ってきていた。
すぐに私はそのまま従兄弟を置き去りにし1階へ避難し、数時間後には、その家から自宅へ帰った。それから数年は夜は恐怖の中で過ごし、電灯を消して眠ることはできなかった。
私はその時の体験をすぐに従兄弟などに言わなかった。その理由は、それを言うことを彼女に禁じられているような気がしたからであり、言うことで何か良くないこと起こると思ったからだった。

その後、時間で恐怖が薄れることはなかったし、当時のことは長い間自分の記憶の引出の一番奥にしまいこんで鍵をかけていたが、突然黙っていることこそ彼女の思う壺だということに気づき、数年後には親戚にも話した。
現在もこの家は存在するが今は誰も住んでおらず、私の体験後、当時住んでいた親戚も引っ越しており、以来数十年も買い手が見つからず、現在は廃屋で近所では皮肉にも幽霊屋敷と呼ばれている。


今思えば、彼女がどうしたかったのか不明である。
しかし、昔から幽霊は「うらめしや」というように、彼女の声は闇の一番暗い奥底から聞こえてきたような時に高く、時に低くなる不明瞭な声であり、当時小学校3年生の私が恐れるには十分だった。
多分今でもその声には恐怖を感じないといえば嘘になる。
しかし当時との唯一の違いは、今は私が幽霊について対処できない相手ではないと思っていることである。
というのは、その後様々な知識や経験を介して私の脳内のCPUに蓄積された大量の情報による分析結果が、恐怖という高波に飲み込まれないように、正気という港にしっかりと錨を降ろしてくれているからである。

これまで、いつまでも人のせいにしている人や、周囲のせいにしたりする人は結構見てきた。そしてそのような人たちが決して何事も達成せず、最終的には孤独の中で自分を慰めながら自身を正当化するしか能がないということを私は知っている。
そしてそういう状態から抜け出す唯一の方法は人のせいにしないことである。
全て自分の責任と受け入れるしか、この無間地獄から抜け出す方法はない。
この幽霊も生前に誰に何をされたかわからないが、いつまでも被害者の立場を貫き、それで人を恨んで出没しているのだとしても、ここの建物の不動産価格を下げるくらいである。

結局、そう考えるとこの幽霊は自分で用意した罠に自分で引っかかっているような気がしてきた。もしまたこの家に行く機会があったら、彼女に会って過去に何があったとしても、もう人のせいにするのはやめたらとどうかと提案してみようと思う。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://writinglab.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/198

コメントする

このブログ記事について

このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2015年8月11日 15:13に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「怖い話~その1・S籐氏の場合~」です。

次のブログ記事は「怖い話」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。