旅の記憶~S等氏の場合~

| コメント(0) | トラックバック(0)

S等です。今月のテーマは「旅」だそうです。(私の投稿が一番に来るときは、たいてい他のメンバーの原稿が間に合っていない時です)


S等はいわゆる「旅行」というものに縁がありません。
私の場合、子供の頃の修学旅行以外、旅行は仕事であり、それもトラブルが発生し、両手をもみもみして頭を下げて許してもらうためにだけに海外に行っていました。
ですので行く際は内心ひやひやもので、果たして自分に解決できるのだろうか?できなかった場合、どこまで言い訳が効くかどうか? などと心の会議が続行中であり、到着した時の空港のことなんかほとんど覚えていません。 
周囲に目が行き、環境を見渡せるほどの余裕がでるのは、物事が無事解決し、帰国する途中の帰り道だけです。
そんな感じですが、当時の事を振り返ってみたいと思います。
これまで仕事で行った国の中で総滞在期間が一番短く、しかし行った回数が一番多いのは韓国です。
当時の韓国は国際空港は一つだけだったような気がします。国内線みたいな飛行機ですぐに着いた空港は広く、空港内をモノレールみたいなもので移動し、そこで空港内のショッピングモールで屋上から垂れた巨大化した冬のソナタの主人公の垂れ幕が、でろんと迎えてくれた事を覚えています。


空港はソウル市内から結構離れており、空港からソウル市内へ向かうタクシーの中で見た景色は、広大な土ばかりの河でした。
ソウル市内で思い出すのは、朝方と夕方には出没するオレンジ色の屋台です。
サラリーマンやOLでものすごく賑わっていましたし、実際中にはかなりの高級食材を出している店もありました。(日本だと数万円くらいしそうな素材を屋台で出していた)
ソウル市外は、圧倒的に普通の宿泊施設が少なく、私はラブホテルに滞在していました。しかし、まあ見た目も日本と違い、ほとんど普通のホテルと違いはありません。
ある時交渉が長引き、年末を韓国で過ごす事になってしまい、K1中継や、韓国の英会話教室を見たり、部屋1個分の広さのデカすぎる風呂で体が浮いてしまうので1人でラッコごっこしたりしていました。滞在中、日本か韓国かという違いは、寒さ以外ほとんど感じませんでした。

ところでS等はいろんな空港で時々、何かと引っかかるのですが、その度に空港の方が気を利かせくれ、何もなく出国できました。当時は日本と韓国は仲が良かったんです。
そういう断片的な記憶は、他の国でも同じです。アメリカでは、ロサンゼルスに到着後、その日だけ予定がなく、次の日から予定びっしりだったので、直ぐに博物館に行ったり(ビル2棟の博物館で、1棟しか回れませんでしたが)、その途中で拾った汚いタクシーの人の方が親切でいろいろ知っていたり、値段も安かったりして良心的でした。
帰りのロサンゼルス空港では、私の足の太さくらいある腕のロサンゼルス市警の警官に呼び止められ、別の部屋で取り調べを受けました。
確かに、黒い革のコートに黒い革のケース、黒いサングラスに黒いブーツを履いていたら怪しいかもしれませんが、しかし本当の犯罪者がそんなカッコしますか?とは思いました。なぜ黒はデブの保護色であることに彼らは気づかないのか、その観察眼の低さに辟易しました。(といいながら、信じてもらえないかもしれませんが当時は太っていませんでした)

の短い海外生活の中で(総計滞在数は3年くらいでしょうか?)一番覚えているのは、危険な地域へ1人で行った時です。
何カ所か行きましたが、運良く何もありませんでした。2度ほど絡まれた時もありますが、運良く切り抜けました。
分かったことは、まずビクビクしながら歩かないということです。攻撃されたら、私はやり返しますよという気概を見せながら歩くという点に尽きます。


深夜、銃声(多分ショットガンの音)が聞こえる地域を歩く際も、ビクビクしてはいけません。それは何かを引き込みます。反撃をする姿勢を示し歩くと隙がなくなり、路上でカモを待っている人間たちも、自身の危険を察知するように思います。
海外、特に西欧社会は語弊があるかも知れませんがやはり暴力社会ですので、そこはきちんと身につけておくべきかもしれません。当時の私はこのような危険地域を通る際には、心の中でアイスホッケーの仮面を被り、電動ノコギリのスイッチを入れながら、歩いていました。もうどっちが被害者かわからなかったと思います。

2つ目は、実はもっと有効で効果的、はるかに安全で健全な方法もあります

それは絡んできた相手を褒める事です。または気遣ってあげると最後には「ありがとう」とさえ言われます。これは訓練次第で簡単にできます。本当です。この解決策は誰も傷つかず、はるかに現実的で効果的です。
相手にナイフを出されたら、「お!いいナイフ」と言えるくらいの平常心が場を解決するということです。
私の体験では、私にいいががりをつけてきた白人のモヒカン野郎の言い分にあまりに納得してしまい、逆にお礼を言ったことがあります。
・・・あれ? なにかが違うな。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://writinglab.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/201

コメントする

このブログ記事について

このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2015年9月 8日 16:25に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「怖い話・・・。~スタッフKの場合~」です。

次のブログ記事は「旅について」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。