2015年10月アーカイブ

夢の話~Y女史の場合~

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夢と言えばやはり、「将来の夢」でしょう。

ということで、あまり面白くない話で申し訳ないのですが私の将来の夢についてお話したいと思います。

小学生の頃の私の夢は、「書道の先生になること」でした。しかし6年生の時に、ふと気付きました。

書道のプロとして生きていける程、「私の時には魅力が無い」ということに。

その後、何の具体的な目標なしに高校生まで過ごしました。しかし、進路指導の時に転機が訪れました。

進路指導の先生から、「研究者になれば自由に様々なテーマを選び、自分を専門とするテーマについて一生研究できるんだよ」と教えてもらいました。また研究者になるためには、大学院に行く必要があるということも知りました。

私はその話を聞いて、「あっ、そんな職業もかっこ良いなあ、とりあえず大学院に行こう!」と決めました。

どの分野を専攻するかについて、半年間くらい悩みましたが、やはり、社会や人間を分析対象としてそれを科学的に分析できる経済学を専攻しようと思いました。

このような過程を経て、将来の夢が決まったわけですが、なかなか現実は上手くいきません。

一応、ぎりぎり研究者になれたものの、毎日地を這いずり回りながら過ごしております。思うように論文が書けなかったり、テキストの理解さえも、おぼつきません。

将来の夢は何でしょう・・・。恥ずかしいけれど、ここまで言いましたからには申し上げます。

それは、専攻している分野のトップジャーナルに、自分の論文を載せてみたいなあと思っております。

急に本ブログ「旅の扉」に参加したかと思えば、まじめであまり面白味のないお話ばかりをしてしまいました。次回からはもう少し面白おかしい話をしたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。

夢の話~スタッフKの場合

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夢の話・・・興味はあるけどなかなか難しいテーマです。・・・といっても他人の夢の話を聞く事はあまりないので、先週のS等さんの夢の話は共感を持って読みました。

私も飛ぶ夢、昔は見ていました。

しかもいつも昔住んでいた実家の2階の窓からそぉ~~っと外に出て、1階の屋根にお腹を付けてから50センチくらい浮かび上がるのです。そしてそのまま屋根伝いに移動する。飛んでるとは言い難い状況な訳です。

S等さんのスタート位置も庭の体重計という相当シュールな場所ですが、私もいつも同じ場所でした。

ちなみにブログを書くにあたって、夢占いというのを見てみました。

〇地面すれすれを飛ぶ夢・・・ストレスが溜まっていて、情緒不安定。上手にストレスを発散して下さい。

〇高く飛ぼうとしても飛べない夢・・・自分に自信がなく、将来の希望が持てない心理状態。不規則な生活を改めよう。

・・・・・・・・・最近は見てなくて良かった。

今でも精神的に疲れている時に見る夢は、「超混んでるレジに立っている。あちこちからお客さんに声を掛けられて、返事をしながら商品をレジに通していく。でも値段が分からなかったり、大量にあってカゴが空にならない。パニックになりそうになって目が覚める」という、とっても疲れる夢です。

ほぼ実体験なので、当時ほどは見なくなりましたが、今でもたまに見ることにちょっと笑えます。

もちろん、へとへとになって起きます。

 

他には、例えばドローンにカメラが付いていて、その視点で景色を見ているような夢も見ます。勢いよく森の上を飛んだり、高い高い山を超えたら急に崖に出て、す~~~っと降りて行く。ぐるぐる視点が変わって結構楽しいのです。何となく夢の中にいることを知っているので、高い所でも「ヒーーーーッ!!」と思いながらケガはしないと確信している・・。

他の人はどうなのか分からないのですが、夢での定番の場所がある気がしています。

それは何カ所かあって、自宅のように夢の中で「ああ、またここだ」と思っているのです。だけど目が覚めるとどこだったか全然思い出せない。ただ、「またあの場所に行ってたな」という感覚だけが残っているのです。場所、といってもキチンとした家や部屋ではなく、変な空間だったように思います。

夢ってすごく身近な不思議で、調べられそうな夢を見たら占いを見たりします。

未来や自分の今の状態を表していたり、面白いなあと思うのです。

他にも、起きる直前に見ている夢ではトイレに行きたくて困っていたりして、どうしよう~と思っているうちに目が覚めます。

・・・でもこれがもしスッキリして目覚めたら・・と思うと恐ろしくもなるわけですが。

 

将来の夢、というかこんな場所があったらいいなあと思うのは「適度な広さの村のようなショッピングモール」。

広すぎない場所に、「ル・ボナー」さんや「カンダミサコ」さん、「ベラゴ」さん、「クアドリフォリオ」さんのお店がある。WRITING LAB.の「RIVER MAIL」や「分度器ドットコム」さんのお店もある。

他にも、文房具屋さんや雑貨屋さんがあって、色々な国の文具好きが集まって一日があっという間に過ぎてしまう。そんな場所があったら素敵。

理想というか、こういうのが本当に夢というのでしょうね。競合他社、とか考えないでいい社会があればなあ、と夢見ています。

 

 

夢の話~S等氏の場合~

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「目が覚めたら裸だった。そこは都心の路上で、空は青く、太陽が真上にありまだ昼間だった。行き交う人も多く、近くに交番があり、やがてすぐに警察官が自分を見つけることは何となく理解できた。面倒ごとに巻き込まれる前になんとか家に帰ろう思い、とりあえずそこに(なぜか)ある布団を体に巻き、近くの見慣れた電車になんとか飛び込んだ。さて家はどこだろう? そんな疑問が頭をよぎるが、とりあえずこの電車の行き着く先にきっと自分が知っている場所があるはずだと思い、そのまま席に座っていた。」という夢を何回も見ました。
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ところでこういう夢を見るきっかけかもしれない実体験があり、それは血だらけシャツのまま朝の電車で家に帰った経験です。このときの経験と感情は夢の中での感情はかなり似ています。子供の頃の夢には、意味が分からないものがあります。

例えば6歳の頃の夢ですが、夢の中で怪獣と戦うヒーローになったのはいいのですが、本来は空を飛んで怪獣のいるところにいくはずが、私の場合、なぜか、いったん庭の真ん中にある体重計からでしか空を飛べないという夢設定でした。しかも空を飛んでも、地上から30センチくらいしか飛べず、スピードもすごくノロノロしており、周囲を歩いている人が次々と私を追い越していきました。

しかもリアリティーのためか、私にはそれらの人の足しか見えません。(地上から30センチくらいからの目線の設定でし
た。)夢の中でも意固地になった私はどうしても空を飛んで行きたいので、そのままノロノロと、多くの人の追い越されながら、我慢強く待つ怪獣のいる場所まで飛ぼうとしましたが、結局時間がかかりすぎ、たどり着く前に夢から覚めました。

2015年10月07日02時45分30秒.pdf000.jpg


また別の夢では、私が話の主人公なのに、なぜか自分を客観的に紙芝居のように見ており、結局、最後に「つづく」と出て夢から覚めたこともあります。
ところで夢の中での恐怖体験も忘れがたいです。先ほどとは逆に大人になってから「空を飛びすぎる」という夢を何度も過去に見ました。特に設定はないのですが、とにかく自分の体がどこまでも飛びすぎるため、その高度に恐怖するということです。


高層ビルや山などよりも遥かに高く飛べ、成層圏くらいまで何の苦もなく行けるのですが、「こわいこわいこわい」と思い、高度をセーブしようと試みるのですが、今度は逆に低い高度にすることが難しく、その間かなりの恐怖を味えます。この

夢は「高い」ことを怖く思わなくなってから見なくなりました。またホラー的な恐怖の夢もあります。未だになぜ怖いのか自分でもよくわからないのですが、 とある夢では、青黒い空で、星々がものすごくたくさん輝く場所で、自分は自然公園の入り口におり、その近くに巨大な黒青色の阿修羅らしき像や見たことのない怪物の像が無数にあり、それが宇宙に向かって突っ立ています。

そしてなぜか自分はその像がとても危険なものであることを知っています。さらにその奥の高台の公園には廟があり、その中には同じような彌勒像らしき像もあり、それも知性と生命を持ち、かつとても危険な存在であり、そいつを相手にすると、単に死ぬより恐ろしいことが待っていることをなぜか知っています。

その後、夢の場面が変わり、やはり異様な世界で、5メートルの虚無僧がその身長の半分以上ある長く青い膚の大木のような筋肉質の足を丸出しにして、どこかの森の端にある長い階段と途中で自分とすれ違う夢を見たこともなぜか未だに憶えています。最もそのときは怖くはありませんでした。

このほかにも扉を開いたら、いきなりすごく怖い女性と出会ったとか(K保のことではない)、いろいろあります。
ですが、そういった恐怖を憶える夢には共通項があり、その恐怖に打ち勝つと2度と見なくなります。
ですので夢って自分に対する何かの試練なのかなと思ってしまいます。
人生と同じで「逃げれば追っかけてくる。」法則がここでも妥当するように思いました。

Sとう

Yの夢

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今月のテーマは「夢」です。ライティングラボのメンバー各人がそれぞれの夢について語ります。

 

寝ている時によく見る夢があります。

夢というのは良い夢はすぐに忘れてしまって、あまり良くない夢は結構覚えています。

そしてよく見る。

それほど重大な夢ではありませんが、町中を歩いていて、急に自分が裸だと気付きます。

物陰に隠れてどうしよう、どうやって家に帰ろうと考えているうちに目が覚めるというもので以前はよく見ていました。

 

自分で分析すると私の心理の中に自分がやっていることは、もしかしたら人から見てカッコ悪いことなのではないか、笑われるようなことなのではないか、という心配する心があって、それが夢に現れるのではないかと思っています。

 

寝ている時に見る夢と違う方の夢ドリームも実現していないものなので、語るのは少々恥ずかしく、照れくさいものです。

きっと皆さんもそうだと思います。

 

恥を忍んで言うと、私の夢は万年筆をもっと華やかにするというものです。

 

地味な小さな個人店の店主が言う言葉にそぐわないし、私のキャリアを他の人が見た時に、自分から進んで華やかな舞台から退いて、自分だけが通れるような小道に入って行ったように思われるかもしれないけれど、実は違います。

 

万年筆を華やかなものにしたいという想いは、ずっと持っていて、それを実現するための今の店を開店させたとも言えます。

 

万年筆も時計や洋服など他のものと同じように、華やかな、多くの人が注目するものになって欲しいとずっと思っています。

思いながら今まで来て、まだ道半ばで引っかかっているというのが今の心境です。

 

実際万年筆がどうなったら華やかなになったのかというゴールのようなものは、はっきりしないかもしれないけれど、自分のしていること全ては万年筆を華やかにすることに向かっていると思っているし、そうなって欲しいと望んでいます。

 

夢を実現するための一番必要なことは言い続けることかもしれないと信じています。

努力するとか、自己研鑚するということも大切だと思いますが、自分はこういう夢を持っていますということを、照れずに人に言い続けること、きっと私の場合一人で思い続けているだけではダメで、それを助けてくれる人との出会いが、夢の実現に必要なのだとも分かっています。(Y

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