夢の話~S等氏の場合~

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「目が覚めたら裸だった。そこは都心の路上で、空は青く、太陽が真上にありまだ昼間だった。行き交う人も多く、近くに交番があり、やがてすぐに警察官が自分を見つけることは何となく理解できた。面倒ごとに巻き込まれる前になんとか家に帰ろう思い、とりあえずそこに(なぜか)ある布団を体に巻き、近くの見慣れた電車になんとか飛び込んだ。さて家はどこだろう? そんな疑問が頭をよぎるが、とりあえずこの電車の行き着く先にきっと自分が知っている場所があるはずだと思い、そのまま席に座っていた。」という夢を何回も見ました。
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ところでこういう夢を見るきっかけかもしれない実体験があり、それは血だらけシャツのまま朝の電車で家に帰った経験です。このときの経験と感情は夢の中での感情はかなり似ています。子供の頃の夢には、意味が分からないものがあります。

例えば6歳の頃の夢ですが、夢の中で怪獣と戦うヒーローになったのはいいのですが、本来は空を飛んで怪獣のいるところにいくはずが、私の場合、なぜか、いったん庭の真ん中にある体重計からでしか空を飛べないという夢設定でした。しかも空を飛んでも、地上から30センチくらいしか飛べず、スピードもすごくノロノロしており、周囲を歩いている人が次々と私を追い越していきました。

しかもリアリティーのためか、私にはそれらの人の足しか見えません。(地上から30センチくらいからの目線の設定でし
た。)夢の中でも意固地になった私はどうしても空を飛んで行きたいので、そのままノロノロと、多くの人の追い越されながら、我慢強く待つ怪獣のいる場所まで飛ぼうとしましたが、結局時間がかかりすぎ、たどり着く前に夢から覚めました。

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また別の夢では、私が話の主人公なのに、なぜか自分を客観的に紙芝居のように見ており、結局、最後に「つづく」と出て夢から覚めたこともあります。
ところで夢の中での恐怖体験も忘れがたいです。先ほどとは逆に大人になってから「空を飛びすぎる」という夢を何度も過去に見ました。特に設定はないのですが、とにかく自分の体がどこまでも飛びすぎるため、その高度に恐怖するということです。


高層ビルや山などよりも遥かに高く飛べ、成層圏くらいまで何の苦もなく行けるのですが、「こわいこわいこわい」と思い、高度をセーブしようと試みるのですが、今度は逆に低い高度にすることが難しく、その間かなりの恐怖を味えます。この

夢は「高い」ことを怖く思わなくなってから見なくなりました。またホラー的な恐怖の夢もあります。未だになぜ怖いのか自分でもよくわからないのですが、 とある夢では、青黒い空で、星々がものすごくたくさん輝く場所で、自分は自然公園の入り口におり、その近くに巨大な黒青色の阿修羅らしき像や見たことのない怪物の像が無数にあり、それが宇宙に向かって突っ立ています。

そしてなぜか自分はその像がとても危険なものであることを知っています。さらにその奥の高台の公園には廟があり、その中には同じような彌勒像らしき像もあり、それも知性と生命を持ち、かつとても危険な存在であり、そいつを相手にすると、単に死ぬより恐ろしいことが待っていることをなぜか知っています。

その後、夢の場面が変わり、やはり異様な世界で、5メートルの虚無僧がその身長の半分以上ある長く青い膚の大木のような筋肉質の足を丸出しにして、どこかの森の端にある長い階段と途中で自分とすれ違う夢を見たこともなぜか未だに憶えています。最もそのときは怖くはありませんでした。

このほかにも扉を開いたら、いきなりすごく怖い女性と出会ったとか(K保のことではない)、いろいろあります。
ですが、そういった恐怖を憶える夢には共通項があり、その恐怖に打ち勝つと2度と見なくなります。
ですので夢って自分に対する何かの試練なのかなと思ってしまいます。
人生と同じで「逃げれば追っかけてくる。」法則がここでも妥当するように思いました。

Sとう

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このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2015年10月13日 19:39に書いたブログ記事です。

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