新入学の思い出~贈られた万年筆~

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今月のテーマは新入学の思い出です。各人遥か遠き日の桜の下での出来事を振り返ります。

 

自慢できる高校3年間を過ごしたわけではなく、当時の私は本当に何の役にも立たないクズで思い出したくない日々ですが、卒業して30年近く経ってから卒業した高校が縁で良い出会いに恵まれたので、高校生活も無駄ではなかったと思っています。

そんな高校生活が始まった時に、長野の叔母から万年筆をもらいました。

今では新入学に万年筆を贈るということは昔話のように言う人がいるほど、一般的ではなくなってしまったけれど、当時も叔母は何とも古風なことをする、叔母さんらしいと思いました。

万年筆というものに憧れはあったし、文章を書くことは当時から好きだったけれど、使い方が分からなかったこともあり、すぐに桐の箱に入れて机の引き出しの奥に入ったままになりました。

大学を出て1年間のフリーター生活の後に就職した文具店で万年筆クリニックというものがありました。

万年筆メーカーからペン先調整をする職人さんが来て、お客様が書きにくいと思っている万年筆を書きやすくするというものですが、震災直後の万年筆クリニックの時に叔母の万年筆のことを思い出して、持って行って職人さんに使い方を教えてもらいました。

それは尻軸は回るけれど、母が持っていたような吸入式ではなく、ボディにスポイトで直接インクを入れるインキ止め式というタイプの万年筆でした。

当時の私は字を書くのは手帳だけでしたので中字くらいのペン先を「もったいないのお」と言われながら細字に削ってもらいました。

長くなるのでその後のことは省くけれど、それから日常的に万年筆を使うようになって、今の自分が居る。

そこで万年筆を使うようにならなければ自分は今ここにいないし、高校入学の時に叔母が万年筆をくれなかったら自分は万年筆を手にすることはなかっただろう。

1本の万年筆が人の生き方を変えたということを、私は身をもって経験しました。

万年筆を若い人に贈られるお客様に「贈ってすぐに使わなくても、その人が使いたいと思った時にすぐに手元にあることが大事です。手元になければ万年筆を使ってみたいという気持ちになってもすぐに忘れてしまうかもしれません」といつも言います。

あの時引き出しの一番奥にあった万年筆を贈ってくれた叔母にはものすごく感謝している。

この店を始めてから、その万年筆が高田の馬場にある古屋万年筆店のものであることが分かり、わざわざ東京まで行って買ってくれたことが分かり、この万年筆が引き出しの奥に仕舞われたままにならなくてよかった、叔母の想いを無駄にすることにならなくてよかったと思っています。( Y)

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このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2017年4月 3日 19:23に書いたブログ記事です。

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