2017年8月アーカイブ

夏祭りについて~S等氏の場合~

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日本編
たいてい子供の頃は、寝ていると夜中に遠くからどんどんヒャララ~ピ~ヒャララ~って感じの音が聞こえてくる。
そうすると昼間のノルマである「食べる、食う、食す、遊ぶ、遊戯に参加する、楽しむ」等の日課を終えた疲れた私は起き上がり、そのまま、音のする方向へ無意識に、時に通りすがりの台所にあった夕食の残りを食べながら、表通りに出て、音のする方へ向かう。
外は大抵夕方か夜である。
浴衣を着た多くの家族やカップル、暴走族に警察官、テキ屋、子供たち、燐の学校にいる敵対している奴ら、隣の家の犬(これは私が勝手に連れてきている)、などが一斉に夜中の公園に向かっている。
夜の公園には、神が、イカ、たこ焼き、焼きそば、チャーハン、コーラ、ラムネ、かき氷、何かの肉の串刺し(多分さっきすれ違った子供たちの肉であろう)、綿菓子、焼きリンゴに姿を変えて降臨している。
また、2サークル目のイカ焼きの際に奥にお好み焼きに変身している神がいる事に気づき、それも捕まえありがたく頂く。
全ての神を平らげた私は、何事もなかったかのように、又多くの人が残っている公園を後にし、ヨロヨロと家に帰る。
背後からは空一面に花は咲き、どんどんと大砲の音が聞こえる。
そして、寝る。

海外編
海外には何とも奇妙な習慣が存在する。それはサマーカーニバルと呼ばれる。

DSC_0003.jpgそれは日本と違い、朝から開催される。
その日は朝からうるさい。寝ていると通りから美味しそうなにおいが窓から入ってくる。
そして私はうつらうつらに起きだし、私の体は表に向かう。

←この辺を私は朝食をもぐもぐしながらうろつく。

 

 

 

 

バザー.jpg朝の通りの歩いていくとやがて港に着く。
そこでは、様々な人たちが、様々な商品を売ったりしている。
周囲は甘いお菓子のにおいが立ちこめて、そこでの私の行動は上の日本編で書かれている事と同じであった。
海外の神たち(お菓子)を十分平らげた私はさっきから多くの人が向かっている港に行く。

そこでは多くの船が一斉にレースをしている。

 

 

 

3席の船.jpgおそらく勝者は軍艦か潜水艦であろう。
なぜなら彼らには武器があり、民間の船にはそれがない。
そうやって多くの民間船はこの港の底深くに撃沈されていった。

 

 

 

 

 

chruch 2 .jpgやがて夕方となる。

渡航上の注意として日本の外務省も公表しているが、日本と違い海外では夕方から吸血鬼が出る。

 

 

 

 

 

 

 

DSC_0018.jpg←これは知り合いの吸血鬼の実家。私の知りあいはここで両親とおばあちゃんと一緒に住んでいる。普段は観光名所の教会

 

 

 

 

 

 

教会.jpg←ところで、それ故にみんな早く家に帰るが、帰れなくなった人には教会というシェ
ルターが準備されている。

 

 

 

 

 

 

しかしよく考えると、知り合いの吸血鬼も教会に住んでおり、果たして教会が避難所として機能するのは疑問である。
知り合いの吸血鬼にその辺を聞いてみたところ、そういう「てい」なのでって言われた。

おしまい(若干だけフィクションあり)。

 

夏祭りの思い出~スタッフMの場合~

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今月のテーマが「夏祭りの思い出」と聞き、いくらでもありますよ!と浮れていたのですが、今まで夏祭りだと思っていたもののほとんどが秋祭りであったことを知り沈んでおります。

人生は浮き沈みの繰り返しですね。

夏祭りの思い出が淡く霞んでいるのには理由が有り、2ヶ月後に行われる秋祭りの方が圧倒的に力が入っている為です。

その差は歴然で、屋台の出店数が夏祭りは秋と比べて1/8程しか出店されておりませんし、活気もなく感じます。

とは言え、夏祭りにも積極的に参加してきました。

昔住んでいた二見はそこそこお祭りに力の入っている地域で、町で一番大きな神社を中心に毎年お祭りの季節になりますと町全体がお祭りムードになります。

幼い頃からそういった空気を肌で感じておりましたので、夏休みに入りますといつも頭のどこかにお祭りに対する期待があり、今では出来なくなった金銭管理で屋台で遣う為の資金繰りをしておりました。

そうして得た軍資金と友達と一緒に神社に向かうのですが、到着して5分ほどで期待を裏切られた感が募ってきます。

秋祭りだったら3・4はある焼き鳥屋もカステラ焼きも1店ずつしか出ておりませんし、物販系の出店も少ない。

神社の石段にすわり、やや拗ね気味に焼き鳥などを食べていました。

ところでお祭りと言えばなにかを祭る祭事だと思うのですが、この頃の僕にとって「お祭り=屋台」という認識でしたので何のお祭りだったのか現在も分かっておりません。

夏祭りらしく夜になったら盆踊りがあると言うわけでもなく、本当にただ神社の境内に屋台が出るだけの行事と言う印象です。

ただ秋祭りと比べて日が長いので友達と遊べる時間が長く、くたくたになった頃に日が暮れてくるので、屋台に灯りが入る頃には疲労とともに冷静さが戻ってきます。

今思えばこの時間が最も思い出に残っております。

親に強制的に連れて帰られそうになり泣き叫ぶ子供やお酒が入って陽気になった大人たちが騒ぐ中、石段に座りぼんやりしていると何だか自分だけが周りの誰からも認識されていないかの様な気分に陥ります。

金魚すくいの屋台の匂い、安いおもちゃの並ぶ屋台の臭い、冷やし飴の香り、イカ焼きの薫り、それらが風向きによって独立していたり混ざったりしながら鼻先をかすめ、夏の匂いとまざってしっとりと体にしみていくような感覚。

「あぁ、祭りが終わる」と悟って寂しい気分になるのですが、こうした心の動きが好きでした。

これは秋よりも夏祭り特有の感覚だったなぁ、と懐かしく思います。

祭りの後の侘しさ、そこに魅力を覚えるスタッフMでした。

夏祭りの思い出~スタッフKの場合~

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こんにちは!スタッフKです。夏祭りの思い出・・・自分の過去と向き合うブログは結構エネルギーが要るものですね。

小学生の頃は、お祭りに行って盆踊りに参加して夜店を回り、いつもは許されない夜の風景を堪能するのが好きでした。

明石の実家の近所にある「密蔵院」というお寺で行われるお祭りでしたが、花火大会こそありませんが夜店も割とあったし人も大勢いたので、いつもの遊び場の風景が一変していました。

夜という時間も子供にとっては特別で、夏休みという特別な期間の夜という特別な時間の幻想的なイメージがあります。

大音響なのに心地良く聞こえるあのサウンドは何なのだろう。

1024px-密蔵院(大地蔵)兵庫県明石市PA211872[1].jpg

                    大地蔵が目印です。

当時は子供会なる地域の子供のコミュニティでお祭りの前に盆踊りを教わるという徹底ぶりでした。

「炭坑節」に始まり「明石音頭」(久しぶりにYoutubeで聞いて泣きそうになりました)、「ドラえもん音頭」(大山のぶ代バージョン)これはちょっとやれば今でも踊れる程に身体が覚えています。当時の女子はピンクレディーを完璧に踊れましたが、それと同じくらいにこの3つは踊れた。スタッフMは盆踊りを体験したことがないというので、時代なのかもしれません。

アルバムを何となく探してみると、一枚だけ写真がありました。どこのお祭りなのか記憶はありませんが、いつものことながら時効なのでザ・昭和な写真をご覧ください。

a.jpg

自分で見ても並んでいるおもちゃがすごいと思います。なぜ私はアイロンを手にしているのか・・。祖母の買ってあげる気満々に構えられた財布もいいですね。

・・・それにしてもどこから撮られた写真なんだろう?

大人になってもお祭り、と聞くと子供の頃の夜店と盆踊りを思い出します。

当時は塾に行ってる子なんていなくて、夏休みは果てしなく自由で長かった。

そういう夏休みをひっくるめた懐かしい感情とともにお祭りは思い出されます。

 

 

夏祭りの思い出

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DSC05684_edited.jpg
画像がなかったので、SkyWindさんのポストカードのお力を借りました。

 

今月のテーマは「夏祭りの思い出」です。各人お祭りと縁遠そうですが、それぞれのお祭りの思い出を語ります。

 

大人になってお祭りに近寄ることもしなくなってしまいましたが、子供の頃は、毎年団地の公園で行われていたお祭りが好きでよく行きました。

小学校低学年の時は妹と、高学年になってからは少年野球の友達と行った覚えがあります。

古典音楽でも民謡でもない、かといってダンスミュージックでもない、盆踊りでしか聞かない不思議な音楽がいつも流れていた。知っているおばちゃんたちに盆踊りの輪に無理やり入れられたり、綿菓子を売らされたりしたけれど、全部ひっくるめて楽しかった。

当時住んでいた高槻の子供たちは「~くんのお母さん」というのを「~くんのおばちゃん」と言うのが普通でしたが、他所はどうなのだろう。何か変な感じがするとふと思いました。

お祭りの翌日、会場だった公園に行くと結構な額の小銭が落ちていて、拾って交番に妹と持っていて、お巡りさんを困らせたこともありました。

母の実家の長野の川上村でもお盆の間だけ出荷が休みでしたので、近くの公民館の庭に盆踊りの櫓が組まれていた。

いつもと同じ盆踊りの曲が流れているだけの、夜店も出ていない、お祭りとは言えないものでしたが、その雰囲気が好きで何となくいつも出掛けていった。

神輿が出てねり歩くような本物の祭りを見たのは神戸に来てからで、その熱気のようなものに居心地の悪さのようなものを感じました。

子供の頃から祭りだと思っていたものと明らかに違っていた地元垂水の祭りに友達たちと出掛けたりしたこともあったけれど、皆楽しそうにしているのに、なんで自分は楽しくないのだろうかと思っていた。そして、祭りは好きではないと言うことが、何となく憚られていました。

それと同じ感覚は、ゲームセンターなどでも経験したことがあって、皆楽しいのだから、自分も楽しいと思わないといけないと思おうとしていた。

私が子供の頃から祭りだと思っていたものは、盆踊りや縁日で、それらは祭りという大きなイベントの中の一部分だと分かったのは、この文章を書きながらで、今まで考えてみたこともなかった。

男たちの熱気でむせ返りそうな熱い祭りは好きではなかったし、同世代の子供たちが集まって楽しそうに過ごす場所は好きではなかった。

本ばかり読んでいたと言うつもりはないけれど、図書館のような場所の方が子供の頃から好きだったけれど、自分のそういう好みを自覚して、それを素直に言えるようになったのは大人になってからで、それまで何となく自分を偽っていたようなところがあったことを後悔している。

夏祭りをテーマだと言いながら、静かな古い図書館で夏休みに友達と勉強するという建前のもと、図鑑ばかり見ていたことを懐かしく思い出しました。(Y)

 

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