2017年9月アーカイブ

我が家の車~スタッフMの場合~

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「我が家の車」は、私の成長を見守り続けて12年の真っ赤な日産・NOTEです。
この車についてお話しするのはなかなか感慨深いものがあります。

 中学2年の時に新車で迎えたこの車は、それまで乗っていた中古の天才タマゴ君より格段に静かで性能も良く、車を運転したことも無ければ全く詳しくもないくせに持っていた「車はトヨタ神話」を崩壊させるインパクトを持っていました。


当時の私は後部座席の助手席側が定位置でしたが、その場所なりに分かる新旧の違いがあるもので、一人で比較しては今の車を「すごい車だすごい時代だ!」と評価していました。
好きなものを脳内でたっぷり美化する特技を持つ私は少なくとも2年間は納車したときの新鮮なウキウキ感を保っていました。

 

ボーっとした高校生活が終わりを迎える頃、友人たちとの話題の中に自動車運転免許取得がチラチラ上がるようになりました。
もうそんな年になったのかしっかりしないと、とは微塵も思わずにひたすら脳内で新車のままのNOTEを運転する未来を妄想し、教習所に通いました。
受験を終えた生徒は在学中であっても教習所に通うことが出来たので、空いた時間は教習所とバイトにあて、在学中にNOTEの運転席に座ることが出来ました。


仮免ではないちゃんとした免許を取得して走った近所のコンビニまでのルートと助手席の母の怯えた様子は忘れることはありません。
良い思い出として。

 

最近ではずいぶんご無沙汰になってしまっている洗車も当時は楽しかったです。
洗車をしながらボディについた小さな傷を見つけては、「僕が運転出来るようになるまでに色々あったんだな、まぁこれも味の一つ」と考え気にしないように努め、脳内美化をしておりました。


ところで免許を取得すると途端にお使いの要求が多くなるものですね。
運転自体好きな方ですので、ちょいのりドライブと思って散々お使いに出ました。
とあるディスカウントショップに行ったときの事です。


その店がある地域に住んでる人口に全く見合わない広大な駐車場面積と、時間が遅かったこともあって駐車場はがらがらの状態でした。
買い物を終え、バックして車を出すときにちょっと遊んでやろうと言う気分になり、アクセルを強く踏んで勢いよくバックで方向転換をした瞬間、ゴッツーン!!とすごい音と衝撃が。


慌てて車を降り様子を見に行くと、買い物用カートを置いておく為の柵がNOTEのお尻に激突したようで、こぶし大のへこみが出来ておりました。
想像より早い無事故記録終了のショックと、幸いにも壊れることのなかった柵に対する感謝の気持ちと、脳裏に浮かんだ両親の怒りの表情は忘れることはありません。
悪い思い出として。

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その後しばらくの間、洗車を積極的に買って出てばれずに過ごしましたが、そんなに長続きすることなくあっけなく怒られました。
そして現在に至るまで何度か擦ったりして傷は増えましたが適当にはぐらかし順調にダメージ加工は進み、良い感じにヴィンテージ感が出てきました。
しかしそろそろ年貢の納め時。

NOTEの真っ赤なボディもややピンクになり、黄疸が出てるかのようなライトで見つめられると心が痛みます。
親が本気で乗り換えを考え始める前に。
私がやりました。ごめんなさい。

 

ずいぶん味を付けすぎてしまいましたが、愛着のある「我が家の車」。
もうしばらくこの車で走っていたいものです。

「うちの車」~ 通りかかりのSトーの場合~

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Sトーの今の車といえば、民営の○○バスである。
東京に行くときはJR新幹線が自家用車となる。
そもそも、そのSトーが一番最初に所有した車はサフラン色の淡い黄色の古いワーゲンビートルだった。
当時Sトーはこの非力な車で追い越し車線を独占し、遥かに馬力のある他の車から煽りを受けた。
しかしSトーを煽ってくる大抵の輩の助手席には美人が乗っており、それ故にSトーは絶対に道を開けなかった。そう昔からリア充は嫌いなのである。

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やがてこの性格は、後に語られるSトー黒歴史の一つ「Sトーレーシングカーに乗る」事件に発展するが、それは今月のお題ではないのでやめておく。

先週のK保と違って「性格的に何となく運転に向いてないと思うに至り、それ以来立派なペーパードライバー」という考えは一度も持ったことはない。Sトーは基本的に車の運転が好きなのである。
むしろ「俺が運転する」と言い張り、自分の持っている全ての権利を行使するタイプである。
そして、Sトーが運転すると助手席に乗っている大抵の大人は悲鳴を上げた。

一番最初に悲鳴を上げたのは、教習所の教官だった。その次は家族、上司、などなど、きりがない。
当時は飛ばしに飛ばし、良く死ななかったなと思うSトーであるが、死ななかったのは決して運転が上手かったからではない。単に運が良かっただけである。その結果、多くの無茶をやったがゴールド免許だった。

ところで、ずっと東京で運転していると、そのうち都会の乗り方が分かってきた。
すると助手席の大人達は悲鳴を上げなくなり、「車線変更の神」と呼ばれるくらい、スムーズに運転できるようになっていた。
レーシングカーと一般車の乗り方が全く違う事に気づいたのも、この頃だった。
それ以降は、安全運転も面白いと思えるようになった。

今日、Sトーの住む街の○○バスでは、とても運転に気を使っている。
なぜなら、その街には超クレイマーがいるからである。そうSトーである。

「あの運転手はトラックの運転のようにバスを運転している!」「ブレーキをあてにして止まるな!」「加速が急すぎる!」「シフトダウンで減速しろ!」「加速はもっと自然に!」

このような事が、過去数年、彼らの営業所の所長に寄せられた。彼はSトーの家に来た事もある。 
今ではSトーが○○バスに乗ると運転手は身が引き締まる。(最もこの数年でもの凄く良くなったのでクレームしていない)

今、Sトーが目を付けているのは市営のバスだが、残念な事に市バスにはあまり乗る機会がない。
しかし、たまに乗ると彼らの運転には、もの凄くツッコミどころが多い。
Sトー鬼コーチにとってはやりがいがある。

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もっとも、こんなことを言っているSトー、実は大型免許は持っていないし、普通免許も失効している。

 

 

 

うちの車~スタッフKの場合~

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こんにちは!スタッフKです。今月のテーマは車について。

バブル世代の場合、車というのは便利な乗り物である他に、「自己表現のもの」と言えるものでした。

男性の場合はもちろんそこにこだわりを表現していて、さらに女性へのアピールも多分に含まれていたと思います。当時は付き合っている男性がどの車に乗っているか、も友人同士の話題でした。最近はそういう傾向もなくなって、車に興味を示さない男子も多いと聞きます。

私は免許を持っていてしばらくは運転していましたが、何となく「向いてない」と思うに至り、それ以来立派なペーパードライバーです。

結婚してからは家人が運転するので完全に任せることにしました。ぎっくり腰で動けなくなった家人に付き添って病院に行った時も、久しぶりすぎてオートマの車で右足をアクセル、左足をブレーキに置いて次の動作をじっと考える私を見て、あきらめの表情で「もういい」と言われたことを覚えています。

私が運転するのと、ぎっくり腰の家人が運転するのと、どっちが安全か。その結果は一瞬で出たようでした。

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       *ある旅先にて。ナビに連れていかれた見当違いの場所。誰もいないし何もなかった・・。

ウチの車はずっと軽自動車です。税金が安いとか燃費が、とかよりも何となく身の丈に合っている気がして・・。最初に決めた時も、家人もどっちの車種でもスペックは変わらないと思ったのか、私にどちらがいいか、と聞いてきました。スペックはよく分からずどちらもデザインが似ていたので、結局「ドリンクホルダー」で、今の車を選んだのでした。

当時、軽自動車なのに、家人がオーディオとかナビにはこだわっていたので最新のモデルを積んでいました。

結果、数か月後に車上荒らしに遭い、後部座席の小さい窓ガラスを割られてナビを抜かれました。

それでもめげず、保険で修理して同じナビがなかったので少しお金を払ってワンランク上のナビを導入。薄暗い駐車場だったので見晴らしが良く、人がよく通る駐車場に移りました。

結果、1年後にやっぱり車上荒らしに遭い、ナビを抜かれました。外側は残っているんですね・・。配線はきれいに外しているので、プロの仕事のようでした。

それでもめげず、保険で修理して同じナビが無かったので少しお金を払ってワンランク上のナビを導入。振動で音が鳴る警報機を取りつけました。

軽い振動でも反応するのでしょっちゅう近くの駐車場から警報音が聞こえましたが、ひとまず盗難に合う事はなくなりました。

それでもこうなると運命を感じますが・・・。

車検で預けていた工場がまるまる車上荒らしに遭い、警報機を点けていない車から、やっぱりナビが抜かれました。HDには音楽もたくさん入っていたのに。

今はさすがになくなりましたが、ナビ自体がまだまだ高額だった時代、こういうことはよくあったのかも知れません・・。

高速で走るとなぜか助手席に座っているだけの私もヘトヘトになるし、砂利道を走るとなぜか助手席に座っているだけの私も足が疲れるし、ハッサク狩りの帰りに大量のハッサクと4人が乗ったらもう空気さえ薄く感じる軽自動車。しかも駐車場の上が鳥の通り道になっているので、いつもどこかに鳥のフンが付いている軽自動車。

・・・でもまあ何となく、身の丈に合っている気がするのでした。

 

 

我が家の車

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今月のテーマは「我が家の車」です。
各人がマイカーについて語ります。

 

免許をとって車に乗り続けて30年にもなりますので、今さら車のない生活など考えられないと思う反面、仕事にはバス、電車で行くし、遠くに旅行に行くときは安全面から電車で行くことが多いので、なくても困らないとも思います。

でもいつも車に乗りたいと思っています。

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今の車はフォルクスワーゲンポロという小さな車で、コンパクトカーのカテゴリーに入る国産車の大半よりも値段の安い車で、自慢できるものでも何でもないけれど、デザインや今では希少になったちょうど良い小ささが気に入って、6年前に買って今も大いに気に入っています。

それまでも小さな非力な車ばかり乗ってきましたので、私にはこのポロでさえ鋭い加速を持つ、十分なパワーのある車に思えて、快適に走っています。

車を通勤に使っていない私にとって車は日常の足というよりも、旅をイメージさせるものです。

家族で旅行に行くのはいつも車で、まだ暗いうちに走り始めて、寝静まっている街の風景を感傷的に見ていた子供だったので、その原体験が今も残っているのかもしれません。

でも前述したように旅行に車で行くことはほとんどなくなってけれど、やはり車で旅がしたい。

そんな想いを埋め合わせしているのかもしれないけれど、1か月に1度くらいはドライブ目的の休日を過ごしています。

神戸は東に行くと都市部になって、道も混みますが、西や北へ行くと30分も走れば田園地帯に出て、田舎道をドライブできます。

30年もこの辺りで車に乗っているので、知らない道はほとんどないけれど、自分が住んで、仕事する街の風景とは全く違う田舎の景色を見ながらドライブすると、本当に楽しくリフレッシュできます。

一番好きなのは行き当たりばったりに、道が続くまま、ハンドルが向くままに走ることで、冒険心がくすぐられて楽しくて仕方ないけれど、助手席の妻はきっとどこを走っているのか分かっていない。黙って乗っているけれど、内心気が気でないと思っていることも分かっているけれど、私はそれを分かっていながら遠くへ遠くへとハンドルを向ける。

あの車に乗ったらどうだろうとか、好奇心からよく思いますが、自分の車の乗り方、面倒臭がって年23回しか洗車しないとか、いろいろ考えると今の小さな車が自分に一番合っている。

それ以外の車は考えられないと、あと15年は乗りたいと思っている。(Y)

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