夏の風物詩~S等氏の場合~

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日本の夏の風物詩といえば、「ガリガリ君」ですが、最近は売り切れが多くあまり見かけません。他の風物詩では、「妖怪」です。「妖怪」は日本が誇れる文化です。

本当は風物詩は「怪談」なんでしょうが、以下大目に見てくださるようにお願いします。

日本には自分たちの違う異形のものを排除するのではなく、逆に面白がってそのまま受け入れ、文化にしてしまう器の大きさがあります。

日本の「妖怪」は歴史的には確か平安時代の蒔絵か何かに書かれていたのが最初だったと記憶しています。

その後、妖怪はどんどん種類が増え、面白くなっていきました。

またそこに日本独特の哲学が絡んだ昔話がいくつかあり、そのうちの一つは日本昔話でもアニメ化されていました。

ある村に女の妖怪がいました。それを退治しようとした、数多くのお坊さんが殺されました。

ある日、一人のお坊さんが村にやってきました。

村の人たちは止めましたが、そのお坊さんは妖怪の出るお寺に泊まることにしました。

その夜やはり妖怪が出ましたが、この時、このお坊さんは今までのお坊さんと違うことをしたのです。

今までのお坊さんは、その妖怪を退治しようとして法力(という迷信)で戦って殺されていましたが、そのお坊さんは妖怪と話をしたのです。そして妖怪がなぜ人を殺していたのかをよく聞いて、その上で説教をし、更生させたのです。

その後、その妖怪はそのお坊さんの弟子になり、自分が殺した人たちへの償いをしたということです。

この話の由来は、おそらく仏教の釈迦と多くの人を殺した犯罪者の話だと思います。(なので実際はインド的)

 

鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵は、江戸時代に多くの犯罪者から恐れられていたものの、犯罪の背後にある原因を理解し、犯罪を事前に食い止めるために、当時、江戸幕府が作ったお台場にある世界初の犯罪者更生施設の責任者となり、自ら犯罪者の身元引き受け人となり多くの人を更生させています。

日本人が世界的に優れている理由の一つとしてあげられるのは、排他性がなく、相手を理解しようとする器の大きさだと思います。

今日の日本社会では滅多にお目にかからなくなりましたが、そうした人たちが日本の土台を作って来たのだと思います。

日本の器の大きさは海外にいると、逆によく見えます。

例えば、男女平等というのは西洋社会独特の習慣で、日本では昔は存在していません。(制度としては存在していますが、実質的に機能していませんでした。)

一方、西洋社会では昔は女性は所有権の対象でした。

明治時代に近代化を目指した明治政府は余計な思想も日本に入れ、その時、女性は男性の後ろ三歩を歩くということになったと思います。

 

*ところでPen and message.では、女性の後ろを男性が3歩下がって歩かなければならないので、(K保ルール・その1) 江戸時代と同じでございます。

2018年08月28日01時07分03秒.pdf000.jpg

 

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このページは、旅の扉 writing lab blog 管理人が2018年8月28日 12:29に書いたブログ記事です。

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